170000ヒットのキリ番でリクをいただいた話です。
色々考えた結果、子ジョミの番外編的な話に。
そ、それにしてもめちゃくちゃ遅くなりました……申し訳ありません……m(_ _)m
なんのためのmemo更新リクだったのかorz
そして2話に分かれてしまいました。い、いつものこととはいえ、まとめベタ。
その日のジョミーは、朝からどこか上の空だった。
最初は眠いのだろうとあまり気に留めなかったブルーだったが、訓練を始めてみるといつにも増して集中力が欠けているように思えて眉を潜める。
テーブルの上の水を注いだグラスをサイオンで浮かすという課題に挑むジョミーは、顔を真っ赤にしてグラスを睨みつけている。
「……ジョミー」
「ああっ、もう!」
顔を真っ赤にして、両手を握り締めて、力を込めたところでサイオンは使えないと以前にも教えて直したはずの癖が再び見えたところで呼び掛けると、ジョミーは苛立ちの声を上げた。
「ブルーが邪魔するから集中できない!」
そのまま、後方にあった椅子に身体を投げ出すようにして座り込む。
八つ当たりのような怒りを受けながら、ブルーは考える仕草で軽く掌で頬を撫でる。
テーブルを回り込んでジョミーの傍らに移動すると、グローブを外した右手を伸ばした。
「なに?」
赤い顔のまま、ジョミーは不服そうな表情を見せるが逃げようとはしない。初めてシャングリラに連れてきた頃のような敵愾心はなく、容易に触れさせてくれるようになった。
だがそれに感慨を覚えるよりも、額に触れた掌をしっとりと湿らせる汗と伝わる熱にブルーは目を見開いた。
「ジョミー!」
「え?」
ブルーの悲鳴のような叫びに、ジョミーが驚いて目を瞬くその一瞬のうちに、周囲の風景が変わった。
「ドクター!」
一瞬の浮遊感のあと、ジョミーは消毒液の匂いを感じた。
同時に、それまで椅子に座っていたはずなのに、その瞬きをするくらいの一瞬の間に、抱きかかえられたブルーの腕に鎮座するような格好になっている。
元気の良すぎるジョミーは既に何度かお世話になっている部屋なので、そこがどこかすぐに理解した。
「ソ、ソルジャ-?」
その部屋の責任者であるノルディーは、唐突に現れたブルーに驚いて椅子の背凭れに仰け反っている。ソルジャー・ブルーがテレポートできることは了解していても、予想もしないときに血相を変えて現れれば驚きもするだろう。それにブルーは、使えるからといって無闇やたらとテレポートを多用しない。
ブルーの腕に抱えられたジョミーは、そんなドクターと目が合ってしまい、互いにしばし戸惑い沈黙が起こった。
だがひとり、急にサイオンを使ってまで医務室に移動したブルーだけが、このおかしな空気をまるで感じていないように、ジョミーを抱えたままドクターににじり寄る。
「ジョミーが熱を出している!高熱だ!」
「え?」
「は……あ、ああ、分かりました」
発熱している自覚がないのかジョミーが目を瞬き、ブルーの剣幕に押されたドクターは訴えられたことの理解に一拍の間を必要とした。
その一拍すらも、今のブルーには遅いと感じたらしく、返事を待たずに身を翻して医務室のベッドへと向かってジョミーをその上に降ろす。
遅れてブルーに追従する形となったドクターは、看護士をひとり呼びながら体温計を手にベッドの傍らに移動してジョミーにそれを翳した。
センサーのライトが肌に当たると、瞬時に結果の数値が表示される。
「ああ……確かに、どうも熱がありますね」
「そんなことは分かってる!だから原因を究明して治すなり、熱冷ましを処方するなり……」
「小さな子供が体調を崩して熱を出すことはよくあります。この子は他の子供とは違い、体力もある健康体だ。すぐに力尽きるミュウの子ならばともかく、ジョミーなら自然治癒力に任せた方がいいでしょう。もちろん、原因があることかもしれませんのでまず検査いたしますが、それからでなければ処置のしようもありません」
「そうか。ならばすぐに検査を……」
「いいよ、別に。寝てれば明日には治るから」
検査と聞いてジョミーは眉を寄せて起き上がる。あれだこれだと色々な機械に入れられたり、薬を飲まされたり、とにかく検査と言う言葉にいい印象がない。
「だめだ」
だがベッドから降りようとしたところで、恐い顔をしたブルーに無理やり押し返された。
「ただの発熱か、原因のあることなのか、判断はドクターが下すことだ。それまで大人しくしていなさい」
「大丈夫だって言ってるのに」
頬を膨らませて不満を訴えるジョミーから視線を外すと、ブルーはノルディーを強く見据える。
「よろしく頼む、ドクター」
「しょ、承知いたしました」
ブルーの剣幕に押されて頷いたノルディーに、ブルーも念を押すように強く頷いて、今度は歩いて医務室を後にした。
ブルーの姿がドアの向こうに消えると、ノルディーは息をついて思わず汗を拭う仕草をする。
「ソルジャーは他人のことには慎重な方だが、今度はまた随分とした念の入れようだな」
「ぼく平気なのに……」
ブルーが気づくまで、自分の発熱に無自覚だったジョミーは自己申告の通り表面上は至って元気な様子を見せている。
ノルディーは看護士になにやら道具を持ってくるようにと言いつけて、不服を隠そうともしない子供に苦笑する。
「より悪い結果を生まないために、慎重になるのはいいことだ。だが……そうだな、君たちのような子供に向ける心配の目を、もう少しご自身にも向けてもらえたら我々としても嬉しいのだけどね」
「ブル……ソルジャーも熱があってもじっとしてないの?」
大人なのにと瞬きをするジョミーに、ノルディーは曖昧に笑う。
「……そうだな……ああ、ほら今はそれより自分のことだ」
ワゴンを押して戻ってきた看護士に、ノルディーはふっと笑ってワゴンの上からひとつの危惧を取り上げる。
「とりあえず、血液を採るぞ」
ノルディーが手にした注射の針が銀色に輝き、ジョミーの顔から血の気が引いた。
エイプリルフールさえもサイト嘘より小話に持っていくサイトです。
元々なんにもするつもりがなかったから遅くなりましたが、サイト名を考えたら嘘の日はなんかしとかないと!という気になったので(笑)
4/1で学園ということはブルーは既に卒業しちゃってるんですね。この話を書こうとして初めて気づきました。まあ……シャングリラ学園の暦が日本と同じだったとしてですが……(^^;)
ところで四月一日と書くと「わたぬき」と読みたくなります(だからなんだ)
「ジョミー……大変なことになった」
休日登校、青の間。
すぐ傍に控えた入学式に向けて、生徒会として行う歓迎の言葉の草稿を考えていたジョミーは、突然やってきて青褪めた顔色でそんなことを言い出したブルーに、リオと顔を見合わせた。
「どうしたんですか、一体」
ブルーが大袈裟なのは今に始まったことではないので軽い気持ちで水を向けてみると、ブルーは額を押さえて深い溜息をつきながら椅子に座る。
「僕の卒業が取り消しになった」
「はあ!?」
どうせ大したことはないと草稿に戻ろうとしていたジョミーが声を裏返してペンを取り落とす。
「ど、どういうことですか?」
滅多なことでは動じないリオも声が上擦っている。
ブルーは二人にそれぞれ目を向けると、再び溜息をついて首を振った。
「卒業自体が、手違いだったらしい。出席日数が足りないはずが、それを通してしまったと……」
「そ、そんな!だって証書まで渡しておいて……」
「電話を受けてね……証書なら今返還してきたところだ」
ブルーが鞄から卒業証書を入れる筒を取り出して蓋を開けると、中は空になっていた。
「返還って……そんなの向こうが悪いのに、素直に応じたんですか!?あなたらしくもないっ」
ジョミーは机を叩いて立ち上がったが、どうやら小細工が過ぎたようでリオは目を閉じて肩を竦めた。
「普通なら……そうだね、抗議くらいはしたかもしれない。だが僕はそれはそれでいいかと思えてしまったから」
「どうしてそんなことが……っ」
「高校に戻れば君がいる」
先ほどまで青褪めた顔色をしていたくせに、今度は笑みを浮かべて机に肘を乗せると、指を組んだ手の甲に顎を置いて立ち上がったジョミーを見上げた。
「もう一年、ここで君と過ごせるのなら、それも悪くないかとね」
呆気に取られたように口を開けたまま言葉をなくしたジョミーに、リオは気遣うような視線を向ける。
どう言ってくれるかと期待して待っていたブルーは、ジョミーが突然身を翻したことに驚いて駆け抜けようとしたその腕を掴んだ。
「どこへ行くんだい、ジョミー」
「抗議してきます!だってこんな話ひどいですよ!」
掴まれた腕を振り払う勢いで職員室か校長室か、とにかくどこかへ向かおうとするジョミーに、慌ててブルーも席を立ちながら掴んだ腕を強く引いた。
「よしなさい、そんなことを詰め寄れば、君が笑われるだけだ」
「笑って済むことじゃないでしょう!」
「ジョミー、カレンダーを見てください」
冷静なリオの声にジョミーが振り返ると、リオはカレンダーのすぐ横に立って今日の日付を指差していた。
4月1日。
「今日は何の日ですか?」
「何の日って、今それどころじゃ………な、んの………日……」
ようやく気づいたらしく、力尽きたように床にへたり込んだジョミーに、腕を掴んだままブルーもその前にしゃがみ込む。
「君が本気で僕のことを案じてくれて嬉しかったよ」
「エイプリルフールだからって性質が悪い嘘つかないでください!本気にしちゃったじゃないですか!」
「いくらこの学園がのんきだからといって、さすがにこれはありえないさ」
ジョミーは赤くなった頬を膨らませてリオに視線を向ける。
「最初は一緒に驚いてたよね……?」
「卒業証書を返すとしたら、筒ごと返すはずですよ。中身だけなんておかしな話ですから」
「つまりそれまでは、君も本気にしていたのか……」
「出席日数が足りないなんて、あなたならありえる嘘をつくのが悪い!」
「信用がないな。さすがに足りるように計算はして……いや、なんでもない」
悪びれもせずにそんなことを言うブルーに、ジョミーは掴まれたままだった腕を振り回してブルーの手を振り払う。
「ジョミー、そんなに怒らないでくれ。まさかそこまで君が僕のために怒ってくれるなんて思わなくて」
「だって……」
ジョミーは膝を曲げた足をハの字にして床にぺたりと座り込み、膝の間に両手をついてブルーを見上げる。
その目尻には僅かに涙が浮かんでいて、そんな目にそんな格好で見上げられてブルーは我知らず顔を赤く染める。
「そうしないと、喜んじゃいそうだったから……」
「ジョミー?」
「もう一年、あなたと一緒にここにいられるんだって……」
ぎゅっと唇を噛み締めて、俯いたジョミーに思わず手が伸びる。
「ジョミー……」
まさかそんなことを言ってくれるなんて思いもしなかった。
喜びに震えそうな手が、その肩に触れようとする瞬間、けろりとした様子でジョミーが顔を上げる。
「なんて、本気にしました?」
「え……?」
目に浮かべていた涙など、始めからなかったように欠片も見えない。
「あと一年も、あなたのお守をしながらソルジャーなんてやってられませんよ。今度からは多分トォニィも入ってくるし」
呆気に取られるブルーを笑いながら、ジョミーは床についた手に力を入れて立ち上がると、埃を払うような仕草で制服を払った。
「おあいこ、ですよね?」
「ジョミー……」
僕は本当に喜んだのに。
がっくりと肩を落としたブルーに、ジョミーは勝ったと笑いながら勝利の宣言を上げた。
最初に騙したお詫びに飲み物を奢ってくださいと強請ると、ブルーは諦めたように苦笑を零して扉に手をかけた。
「リオの分もですよ!」
強調すると、了解したとばかりに手を振ってそのまま青の間を出て行く。
「やれやれ、原稿に戻らなきゃ」
もう少しで下書きが終わるから、早く書き終えてブルーが帰ってきたときには一緒に一服しようとペンを手に座る。
ジョミーの参考にと出していた歴代の生徒会長の挨拶の原稿を片付けようと手にしたリオは、一番上に乗せた原稿を見て小さく笑った。
「リオ?」
「本当は、どちらが嘘だったんですか?」
最初に色々な原稿を見比べていたジョミーは、生徒会長のことをソルジャーと呼ぶよう定めた前ソルジャーの原稿を手にしてしみじみと溜息をついたのだ。
「まともにソルジャーやってるあの人は、本当にすごいのに……」
もう一年、一緒にいられると喜んでしまったということと。
それは嘘だと舌を出したことと。
微笑むリオに、ジョミーはふいと横を向いて赤く染めた頬を隠すように頬杖をついた。
一応バレンタインデーの話からの続き。(バレンタイン話)
やっぱり3月14日当日より数日前の話から始まります。
「お兄ちゃん、ホワイトデー楽しみにしてるから」
笑顔で告げた妹のレティシアに、ジョミーは僅かに頬を引きつらせた。
「……三倍返しとかは、将来の彼氏に期待しろ」
「えー!別にすごいものをねだってるんじゃないのに」
「ホテルシャングリラのケーキなんて十分高い!」
しかもレティシアがねだったのはカットケーキではなく、ホールでだ。
指で軽く額を突くと、嫌がって避けながらレティシアは可愛らしく頬を膨らませた。
妹へのホワイトデーのお返しは、ホールケーキとまではいかないまでも希望通りホテルのケーキを用意するつもりで、ジョミーはふと最近懇意になった大学の教授のことを考えた。
ブルーには先月の14日、壊滅的な味覚音痴お勧めの店とは思えないような料理の美味しいレストランで、バレンタインデー限定のお勧めメニューをご馳走になった。
カップルが溢れる店内で、男同士でバレンタインメニューは少々気恥かしかったけれど、この日限りと言われるとつい限定メニューを頼みたくなると言ったブルーの気持ちもよく分かる。
最初は値の張りそうな外観と内装に緊張で硬くなっていたが、いざ運ばれてきた食事に手を付けると、あまりの美味しさに思わず笑みを零してしまったほどだ。
……そんな料理にすら、ブルーは調味料を惜しげもなく振りかけたけれど。
何かお返しをしたほうがいいのだろうか。
あれに釣り合うお返しは無理だとしても、せめて心ばかりのものでも。
けれどあれは別にバレンタインの贈り物でもないのだから、ホワイトデーに何か返すのもおかしな気がする。
腕を組んでしばらく考えたジョミーは、まだ日付に余裕もあるし、明日弁当を届けに行ったときにそれとなく話を向けてみようと結論付けた。
「ジョミー、14日に予定はあるかい?」
弁当を届けに行くと、こちらから訊ねるよりも先に予定を聞かれてしまった。ジョミーの予定を尋ねるということは、ブルーは空いているのだろう。バレンタイン当日もジョミーと過ごしていたのだから今更だが、これは本格的に恋人などいないのだろう。女性受けは良さそうな人なのに。
ジョミーは弁当の包みをデスクに置きながら、荒れ放題の研究室を見回した。
もっとも、この部屋の有様を見たら百年の恋も冷めるかもしれない。
「ジョミー?」
「あ、はい。大丈夫です。空いてますけど、何かご用ですか?」
「いや、この間のレストランで今度はホワイトデー限定メニューがあってね。あの店は君も気に入ったようだから、また食事でもどうかと思って」
「そんな!この間ご馳走になったばかりなのに、悪いですよ!」
「気にすることはない。僕の我侭だ。考えてもみたまえ。14日にあの店で一人で食事をするのは空しい気がしないか?」
言われて想像してみる。
カップルの溢れる高級レストランで、一人で食事。普通の日の普通の食事ならともかく、ホワイトデー限定メニューを一人で食べるとなると……ともすればフラれたようにも見えるだろう。男二人でも楽しげに食事をしていれば限定メニュー目当てと正当に解釈されるとも思う。
「でも……奢ってもらってばかりじゃ悪いし……他に誘う人とか、いないんですか?」
わざわざ知り合い程度のジョミーを誘うくらいだからいないのかもしれないけれどと、一応訊ねてみてもブルーは肩を竦めるだけだ。
いないのかと思えば、ブルーは眼鏡を外しながら苦笑を零す。
「僕は君と行きたいんだよ」
レンズを隔てずに赤い瞳と目が合うと、胸の奥で大きく鼓動が跳ねた。
それが一体なんだったのか、思わず胸に手を当て言葉を捜すジョミーに微笑みながら、ブルーは軽くレンズを拭って眼鏡を掛け直す。
「ジョミーが付き合ってくれたら嬉しい」
あのレストランの料理は美味しかった。ブルーは食べに行きたがっている。一人で行くには敷居が高いという気持ちもよく分かる。
けれど、先月に奢ってもらったのに今月もということがどうしても気になる。いくらお返しといっても、まさかジョミーが奢ることが出来るような店でもない。
「えっと……」
「駄目かな?」
「駄目って……言うか……」
レンズの向こうの赤い瞳が僅かに陰って、ジョミーは慌てて手を振った。
「だって、ホワイトデーってあの量のお返しもあるんでしょう?その上ぼくが奢ってもらうなんて悪いし……」
先月の14日、一緒に食事に出かける前にこの部屋を訊ねたとき、デスクの上に山積みになっていた包みを見た。正確には数えていないが、かなりの数があったはずだ。賄賂代わりのチョコはともかく、事務の人たちとか、個人的な知り合いにはお返しをするだろう。
まさか賄賂のチョコが半分もあるとは思えないから、義理返しとはいえあれは相当な額になるに違いない。
「まあ……それなりに数はあるが、どうせ大した物を返すわけでも……ああ、そうだ」
ブルーは両手を組んでその上に顎を置くと、にっこりと綺麗に微笑んだ。
ジョミーだっていい加減、それが何かを企んでいる笑顔だとくらいは悟れる。
「君がお返しの菓子を作ってくれないか?」
「……はあ!?なんでぼくが!?」
どうしてそんな話になるのかと思わず裏返った声を上げて自分を指差せば、ブルーはわざとらしく重々しい様子を作って頷く。
「そうすれば僕の出費も押さえられ、君も僕に何か返した形になるから一緒に食事に行っても、正当な報酬だと思えるだろう?」
「え、でも、義理とはいえホワイトデーのお返しですよ?」
「手作りなんて心が篭っているじゃないか」
それはあなたが作って返した場合では。というか、バレンタインならともかくホワイトデーに手作りでお返しなんてあまり聞いたことがない……。
心の中ではそう呟いていたのだが、名案とばかりに目を輝かせるブルーにそうと正面から言えなくて、ジョミーは溜息を零した。
しかしジョミーが本当に驚いたのは、無事に件のレストランでブルーと差し向かいで14日のホワイトデー限定メニューに舌鼓を打った、その翌日のことだった。
正当な報酬とは言われたけれど、奢ってもらったお礼にと連日で弁当を持参した、その通りすがりの事務室から聞えてきた会話に思わず足を止める。
「ブルー教授に恋人が居たなんて、ショックだよねー」
開けっ放しのドアから僅かに見える光景からすると、どうやらお茶の時間のようだ。姿が見えたのは一人だけだったものの、その女性が摘んでいるのは一昨日ジョミーがブルーに渡しておいた、ホワイトデーのお返しのクッキーだった。
せっかく作ったからついでにとレティシアにもクッキーでお返しをして、手抜きだと怒られたそれだ。
それにしても、ブルーに恋人がいたとは何の話だろう。バレンタインもホワイトデーもブルーはジョミーと過ごした。それなのに恋人がいるのだろうか。
「えー、やっぱりそういうこと?」
「当たり前よ。こんな手作りクッキーでお返しって……思い切り牽制されたようなものじゃない。『私の男に手を出すな』ってことでしょ。包装まで可愛くしちゃって」
それはレティシアに手抜きだと怒られたから、せめて見た目だけでも整えようとしただけのことで。
誤解だと事務室に乱入したいけれど、ジョミーはまだこの学校の正式な学生ではないのに敷地に入っている身だし、第一ホワイトデーのお返しに本人ならまだしも、他の人の手作りお菓子だっただなんて勝手に公言するのもどうだろう。
「それに教授も、いかにも恋人がいることをアピールしてるみたいなお返しを、それは嬉しそうに渡してきたでしょ?あれは恋人自慢も入ってるわね」
「教授!大変な誤解をされてますよ!誤解を解かないと!」
慌てて階段を駆け上がって研究室に飛び込むと、経緯を説明されたブルーは、別に慌てた様子も、気を悪くした様子も見せずに、逆に笑顔で首を傾げる。
「どうしてだい?」
「どうしてって……だって、恋人がいるなんて誤解されてたら、本当の恋人ができませんよ?」
「構わないさ。いっそ君を恋人だと公言したいくらいだね」
「はあ!?」
「ああ……でももうすぐ入学するのに、それはさすがに良くないかな。せっかくジョミーが入学するのに、学生に手を出したと職を追われたらもったいない」
もったいないどころの話ではないと思う。大体、一万歩譲って女子学生ならまだしも、男子学生に手を出したなんて言われては大問題だと思うのだが。
冗談だと言うどころか、公表するとしたら卒業してからだね、なんて冗談を重ねる理解不能な相手に、ジョミーは頭痛を覚えて額を押さえながら溜息を零した。
教授と学生を書いていて、耳と言えばソルジャー・ブルーは外せないだろう、と思ったので。
ピロートークだったりしますが、まあほら、ブログだからあんまり直接的ところはないし!……ということでちょっと3日過ぎちゃいましたがブログでアップ(……)
「ブルーって」
まだ息も整わないジョミーは、掠れた声で拗ねたように唇を尖らせた。
「こんなときでも、補聴器を外さないんだ?」
「こんなときだからこそだと思うが」
ブルーは髪を掻き上げながらジョミーの上から身体をずらして隣に横たわった。それでもまだお互いに肌をぴたりと重ね合わせる。
少し汗ばんだ肌が、逆により合わせた箇所を馴染ませて心地いい。
「ジョミーの可愛い声がよく聞えるようにね」
「また……そんなことばっかり言って!」
ジョミーが頬を膨らませて手を伸ばしても、簡単にブルーに捕まれて二人の間に挟みこまれてしまう。
「思念で補完できるんでしょう?」
「できても、やはり肉声を聞きたいじゃないか。では逆に訊ねるが、ジョミーはどうしてそんなに補聴器を取りたがる」
「だって声……恥かしいし……」
「おや、だがそれこそ補聴器を外しても思念で筒抜けだが」
にこにこと笑顔で指摘するブルーに、ジョミーはかっと頬を染めて捕まれていない方の手を身体の下から引き抜いて伸ばした。
「だったら取ってもいいじゃないですか!」
「だから聞えてはいても思念と肉声ではまた違う心地があるのだと」
「ブルーなんてぼくの身体を隅から隅まで見てるのに、ぼくだけブルーの耳を見たことがないなんてずるいっ!」
隅から隅まで。
赤裸々に大声で怒鳴られた言葉に、ついブルーの動きが止まってしまう。
言われなくとも先ほども堪能したばかりだ。
思い出した肢体に気を取られた隙に、少しの衝撃と共に耳が外気に触れた。
「ジョミー」
ほとんど聞えなかったのはその一瞬で、すぐに思念で聞えない部分を補う。ジョミーも補聴器を取るからには自分の思念を閉ざすつもりはなかったのだろう、考えていることが筒抜けだ。
そうして、ブルーと同じく一瞬だけ呆けていたジョミーが目を輝かせて何かを話した。
唇の動きを見ている限り、心で思ったことをそのまま口にしている。
『耳を出したブルーって可愛いーっ』
感激しているのは分かる。喜んでいるのも分かる。
だが可愛いと言われて、後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃に見舞われた。
「………可愛い……」
『だって、ホント、なんでだろう?すごく若く見える!えー、ブルーってこんなに可愛かったんだー』
赤子の頃から見守って、いまや恋人となった相手から可愛いと連呼されて嬉しいだろうか。
否、嬉しいはずがない。
格好いいとか頼りになるとか、そんな言葉なら大歓迎だが。
「返しなさい」
手を伸ばすと、ジョミーはそれを避けるようにして補聴器を自分の後ろに回す。
「ジョミー」
取り返して、そして二度とジョミーの前で補聴器は外さない。
可愛いといったことでブルーにそんな決心をさせたことなど気づきもせずに、ジョミーは補聴器を遠ざけると、さらにブルー自身を補聴器から遠ざけるように肩を掴んでを押し返す。
『素顔のブルーを見れたようで、なんだかちょっと嬉しいな』
「顔ならずっとさらしているだろう」
『でも、補聴器を外したところは、近しい人じゃないと見れないでしょう?』
なるほど、そういうことか。
ジョミーが外させたがっていた理由はそのあたりにあるらしい。
納得はしたが、それでも可愛いといわれるのはやはり本意ではない。
「ジョミー……」
『ブルーの耳って形がいいんだね』
恐らくは補聴器を取り返すことを邪魔したかったに違いない。だが上にのしかかるようにして、ジョミーはブルーの耳を唇で軽く食んだ。
「柔らかい」
まったく聞えないわけではない耳は、そんな風に耳元で囁いた可愛い声を拾うことは出来た。
そして感覚までなくなっているわけではない。
柔らかな唇、吹きかけられる吐息、まだ先ほどの情事の余韻を残す汗ばんだ肌が擦れて……。
「……そうかジョミー。ではもう少し頑張ろう」
「え?」
目を瞬いた、その身体に手を回し、ジョミーの足の間に膝を割り込ませながら身体を反転させる。
『え、ちょっと……まっ……?』
「待たない。誘ったのは君だ」
『誘ってないーっ』
喚きながら押し返そうと胸に手をつくジョミーに唇を落としながら、手を伸ばして補聴器をベッドの端から拾い上げる。
「ん……ふ……ぁ……」
重ねた唇の端から漏れる小さな吐息が、補聴器を付け直した耳にはしっかりと聞える。
満足の笑みを浮かべて重ねた唇を離すと、赤く熟れた唇を尖らせて、潤んだ瞳でジョミーが頬を膨らませた。
「誘ってないし、補聴器戻ってるし」
「これはね、君の小さな囁きまで拾うために必要なものなんだよ」
そう言って、もう一度唇を重ねて、ジョミーの肌に触れる手を滑らせた。
補聴器を外したブルーは可愛かったなーという話。
しかし男の人に可愛いは禁句……(笑)
とうとう雛祭りから離れましたが、実はこれは予定通りでして……そう、最初に書き間違えたんです(苦笑)
雛祭り祝いというか、これは3月3日という日にちなんだ更新だったのに!
これで時間的にラストかなーと思うのですが、できれば会話だけの短い話でいいからもう一個捻じ込めたら……ともうちょっと頑張ってみます……。
この話は……えー……ブルーがまたやりたい放題。
それでもこの二人はまだ恋人同士じゃありません(ーー;)
「今日は何の日か、分かるかいジョミー」
万年筆を手にくるくると回しながらデスクで微笑む人を見やって、片付けの最中だったジョミーは本を拾う手を止めた。
今日の弁当にはちらし寿司を詰めようと思った理由がそれだったので、考えるまでもない質問だ。つい顔を上げたのは、妹のレティシアならともかくここにいるジョミーにも、そして質問をしてきたブルーにもまるで関係のない話だと思ったからだ。
「雛祭りですね」
「ん?ああ、そういう日でもあったかな」
そういう日でもって。
「違うんですか?」
拾い集めた本をアルファベット順に並べながらジョミーが首を傾げると、ブルーは満面の笑みでデスクから立ち上がる。
「確かに、違わない。だがもうひとつ別の日でもある」
別の日でもとは何があっただろうかと考えながら、並べた本を数冊両手に抱えて本棚の前に移動する。そのすぐ横にブルーが立った。
手伝ってくれるのだろうかと―――元々これはブルーが散らかしたもので、本来片づけを手伝っているのはジョミーだが―――隣に立った部屋主を見上げるのと、相手の指がジョミーの耳を撫でるのはほぼ同時だった。
ブルーは指先で軽く摘んで、人の耳で遊ぶように少し引っ張る。
「……なんですか?」
「耳の日だ」
ああ、3月3日をそんな風に言うこともあったか。昔、3月3日生まれの友達が、女の子の日生まれだとからかわれたときに、そんな反論をしていたことを思い出す。
「で、それがなにか」
両手に本を抱えるジョミーの傍にいるのに、手伝う素振りも見せずにブルーは人の耳で遊ぶだけ。
力は加減されているから痛くはないが、軽く摘んで引っ張って挟んで捏ね回されてでは、さすがに気になる。
「やめてくれませんか」
「ジョミー、僕はこの日に気付いてから、君の耳が気になって仕方がない」
「なんでなんですか!?」
今のところ傷もないし、ちゃんと掃除をして、汚れてもいないはずだ。
本を直す手を止めて勢い込んで振り仰ぐと、ブルーは輝くような笑顔を振りまく。
「なぜって君、こんな美しいフォルムを僕はいまだかつて見たことがない」
「は……?……あ、ちょ……!」
ブルーの指先はジョミーの耳を摘んでいた指を離すと、その形を辿るように柔らかく滑り始める。
たったそれだけの変化なのに、ジョミーは言いようのない奇妙な感覚を覚えて肩を竦めた。
「ちょっと……やめてくださいっ」
両手が本で塞がっていて押し返すこともできない。逃げようと足を引けば、ブルーは斜めに足を踏み出しながら本棚に片手をついて、巧妙にジョミーを追い詰める。
背中を本棚にぶつけて逃げ道はないし、両手は本で塞がっていてブルーの手を止めることもできない。
その間にも指先は外縁を辿り終え、くすぐるような柔らかさで耳の内側を余すことなく探りながら奥の方へとゆっくりと進む。
感覚の鈍い耳朶をくすぐられていたときとは違うなにかが、ジョミーの背筋を緩やかに上る。
「や……な、なに……?」
「美しさを数値で表すのなら、一体どの数値を取ればいいと思う?外周の長さ?それとも耳朶の面積?君のこの美しい頭部とのバランスだろうか。どうしたらこんなに僕の目を魅きつけてならない誘惑を醸し出すことになるのだろう……」
「何を言ってるのか、全然わかりません!」
いつも意味不明なところがあるが、今日のは格別だと力一杯に叫んでみるが、ブルーは理解不能を叫ばれたことなど気にも留めずにジョミーに耳を存分に愛で続ける。
「触れてみると素晴らしいことに手触りまで完璧だ。ほどよい柔らかさも、手に返る耳骨の反発も……ジョミー、もう少し触れてもいいかい?」
「今まで散々触ってるでしょう!?」
もう十分だろうと拒否したつもりだったのに、ブルーは感動したと言わんばかりに目を輝かせる。
「そうか、もう触っていたね」
今更断る必要もないだろう、と言ったように取られた。
「そうじゃなく……てっ」
眼鏡の奥の赤い瞳がゆっくりと降りてきて、近付く顔にジョミーは硬直する。
綺麗だなんて調べたいなら、自分の顔を鏡で見ればいいじゃないか!
思わず身を竦めて強く目を閉じたジョミーの頬に、ブルーの髪が柔らかく触れる。
次いで、柔らかな物で耳朶を軽く挟まれた。
なんだろうと目を開けようとしたところで、軽く食むように擦られたそれが唇であると気がついた。
一体なにをしてるんだ、この人!
指で捏ねられる右の耳と、唇で弄ばれる左の耳。ブルーの暖かい吐息が奥にまで伝わり、背筋を走る感覚に力が抜けそうになる。
目なんて到底開けられない。
震える膝に力を入れて、抱えていた本を強く抱き締めて。
両手が塞がっていたって、いっそ体当たりすればよかったのだと後で気がついたが、このときは覚えのない感覚に押し流されそうになることに抗うことだけで必死だった。
だというのに、新たな感覚を与えられる。
「ひっ……」
ぬるりと熱いものが耳を這う。
ブルーの舌が、耳朶を舐めた。
「いや………だ……」
全身から力が抜ける。身体が熱くなる。
「ジョミー……」
鼓膜を直接震わせる熱い吐息と共に、掠れるほどに小さな声で優しく名前を囁かれて、血が逆流するかと思った。
両手から抱えていた本が滑り落ちた音で、沈みかけていた意識が浮上する。
「も……いい加減にしてくださいっ」
本を取り落としてしまったが、そのお陰で両手が自由になって力を込めてブルーの身体を押し返した。
今度はブルーも逆らわなかった。
「いきなりなんですか!」
「だから君の耳のその造形美の謎に迫ろうと……」
「舐めてなにが分かるんですか!?」
数値だの云々言っていたくせに、実際にやったことといえば指で遊んで唇で挟み、舌で舐めただけ。
左耳を手で押さえると、ブルーの唾液が掌にもついた。
耳の奥。
もう聞えないはずの舌の辿る濡れた音と、柔らかな熱い囁きが、まだ残っているかのようで。
かっと全身が熱を発したかのように熱くなる。
妙に恥ずかしくて赤くなった顔で目の前の、それこそ神秘の美しさを誇るような麗人を睨み付けると、ブルーは軽く指先で顎を擦った。
「味、かな」
「ぜんぜん数値と関係ないじゃないですかーっ!」
ジョミーが思わず繰り出してしまった拳を掌で止めて、ブルーは掴んだ手を軽く引く。
本気ではなかったとはいえ殴りかかろうとしたジョミーは、その軽い誘導でも前へとバランスを崩して、ブルーの腕の中に収まってしまう。
「だが、美味しかったよ」
ごちそうさま。
再び耳に吐息を掛けられて、ジョミーは顔も上げられずにブルーの白衣を握り締めて額を胸に押し付けた。