日々の呟きとか小ネタとか。
現在は転生話が中心…かと。
No.90 女神は哂う(前編)
Category : 小話・短文
前回が暗かったので、明るい話にしようとしたら無自覚傍迷惑Wソルジャーになりました。この二人は今のところ師弟関係、純粋なる好意だけの信頼関係の間柄。
でもこの話の主人公はフィシスです。このフィシスは腐女子ではなくて、単に嫌気が差しただけで。
ブルーのことをあまり大事にしていないフィシスですのでご注意ください(^^;)
黒フィシス、天然Wソルジャー、女装等、色物ご注意。
でもこの話の主人公はフィシスです。このフィシスは腐女子ではなくて、単に嫌気が差しただけで。
ブルーのことをあまり大事にしていないフィシスですのでご注意ください(^^;)
黒フィシス、天然Wソルジャー、女装等、色物ご注意。
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「聞いてくれ、フィシス!」
満面の笑顔のソルジャー・ブルーが天体の間に訪れる。その足取りは軽やかであるのに力強く、彼の人の威厳とご機嫌が同時に伺えるものだった。
「まあ、ソルジャー・ブルー。ようこそいらっしいました。お待ちしておりましたのよ」
かたりと椅子を立ったフィシスの言葉に、ブルーは更に機嫌を良くした。
このところフィシスは忙しかったり、体調が優れないなどが続いて、あまり長く話し込むことができなかったからだ。
待っていた、というからには存分に話せるのだろうと喜び階段に足をかけたブルーは、階段下で竪琴を鳴らしていたアルフレートの額から冷や汗が流れていたことに気づかなかった。アルフレートはそのまま一礼をして、二人の時間を邪魔しないように遠慮した態で天体の間から逃げ出す。
「今日はあなたに、お伝えしなくてはならないことがあります」
「え?それはソーサラーとしての言葉かい?」
「いいえ。ですがあなたと、ジョミーのために必要なことですわ」
ジョミーのため、と聞いてブルーが反応しないわけがない。
フィシスが予想するまでもなく確信してた通り、ブルーは途端に表情を引き締めてフィシスの前に立った。
「聞こう」
その表情は、ソルジャーとして相応しいものだった。
「やあ、フィシス。こんにちは。いや、こんばんはかな」
夕方と夜との狭間の時間に訪れたジョミーの表情には、一日の疲れが透けて見えたが、それ以上に彼は上機嫌だった。
「まあ、いらっしゃい、ジョミー。お待ちしてましたのよ」
昼間にブルーを招き入れたときと同じような状況で、同じようなことをいうフィシスに、アルフレートは今度は早々に階段から立ち上がった。
そうして、ジョミーに挨拶もせずに足早に天体の間を後にする。
フィシスのファンであるアルフレートには、常々フィシスに近付くことをあまり快く思われていない自覚のあるジョミーは、珍しく一瞥もくれなかったアルフレートに首を傾げたが、フィシスに呼ばれてすぐに気を取り直した。
「今日は時間は大丈夫だったかな?」
女の子たちに占いをする約束がありますの、そろそろ入浴しようとしていたところですの、など最近はすれ違いが多かったことを指しているのだろうジョミーに、フィシスはにっこりと微笑んだ。
「ええ、今日はあなたに大切なお話がありまして……」
「大切な話?」
ちょこんと首を傾げたジョミーは、本人が聞けば断固として否定しそうだったが大層可愛らしい。
……この可愛らしさに、絆され続けてしまったのだ。
フィシスが手を伸ばすと、ジョミーはそれを握ってくれる。
「ええ、ソルジャー・ブルーのことです」
「ソルジャーがどうかしたの?」
途端にジョミーの雰囲気が引き締まった。
「フィシス、聞いてくれ!今日の目覚めはジョミーで迎えることが出来たんだ。僕が眠っていようと目覚めていようと、夜に挨拶にきてくれていることは知っていたが、なんとジョミーは朝も僕の顔を見てから訓練に行っていたと言うじゃないか!なんて可愛いのだろう!」(うっとり頬を染める)
「聞いて、フィシス!今日は朝の挨拶のときにソルジャーが目を覚ましてくれたんだよ!ぼく、一日がすごく楽しくて、機関長に怒られても幸せだったんだ。おかげでヘラヘラするなって、余計に怒られちゃったよ」(ペロリと舌を出して悪戯な微笑み)
「フィシス、聞いてくれ!今日のジョミーは休憩時間に子供たちとかくれんぼをしていたんだ。途中で疲れが出たのだろうね。隠れた木の上で眠ってしまった。その寝顔は天使のように清らかで……いや、天使如きがジョミーに叶うはずもないのだが。しかし眠っているのが木の枝の上だったからね。落ちては危ないと僕が迎えに行ったら、逆に怒られてしまったよ」(幸せそうな笑みで頭を掻く)
「フィシス聞いて!今日、ソルジャーったら広場まで出てきて、サイオンを使って木の上にあがってきたんだよ!……そりゃ、あんなところで居眠りをしたぼくも悪いんだけどさ……でも、そんなの下から声を掛けてくれたらいいのに、わざわざサイオンを使うなんて、自分の身体に無頓着すぎるよ、あの人!抱っこなんてしてくれなくても、落ちたりしないのに!」(頬を膨らませつつ、ほんのりと嬉しそうに)
「フィシス、聞いてくれ!今日はジョミーが手料理を作ってくれたんだ。卵の殻が少し痛かったが、カルシウムが不足しているだろう僕にはぴったりのオムレツだった!卵のふわふわとした食感が、まるで愛らしいジョミーのようで、今日は素晴らしい食事だった……」(感歎の溜息)
「フィシス……聞いてくれる?今日はぼくからソルジャーに、オムレツを作ってみたんだけど……失敗して卵の殻が混じってたみたいなんだ。ガリってすごい音がから、びっくりして吐き出してって言ったらあの人、『僕は歳だから多少の殻はカルシウムにちょうどいい』なんて言って、全部食べちゃったんだ。ぼく本当に申し訳なくて……ねえ、お詫びにもう一度何か作ろうと思うんだけど、あの人が好きな料理って知ってる?」(少し照れたような上目遣い)
「私は、惚気は聞き飽きました」
冴え冴えとする美貌でフィシスがテーブルを叩くと、さたる音も立てなかったというのに、傍らに立っていたアルフレートと、正面に所在なげに座っていたリオが同時にびくりと震えた。
『え……ええ……フィシス様、お気持ちはわかります……』
「確かに、この15年間、ジョミーを見つけてからのソルジャーからは来る日も来る日も「今日のジョミー」を聞いておりましたが、ジョミーをようやく迎え入れ、念願が叶ってからのあの方は更に磨きが掛かってしまいました」
ジョミーを遠くから見守るだけの日々の間の話は、傍に行くことのできない寂しさが含まれていたから、まだ素直に聞くことが出来た、の間違いではないだろうかと、アルフレートとリオは同時に考えたが、賢明なことに口にも思念も乗せなかった。
「それでもソルジャーおひとりからでしたらまだ我慢もできましたが、ジョミーまでが私に喜びの報告をするようになって……正直に申し上げてつらかったのです」
それは、様々な用事を作っては逃げ出していたことを考えると容易に想像はつく。
ほぼ毎日、二人掛かりで昼と夜、同じ話を、別々の視点で、惚気て聞かされていれば、それは嫌気も差すだろう。その点は確かにフィシスに同情する。リオはジョミーからしか惚気は聞かないので、まだマシだろう。
『……ですが、どうしてアレなんですか?』
衣装協力と称してフィシスの意趣返しに巻き込まれたリオが恐る恐ると訊ねると、フィシスは口元にほっそりとした指を翳して、あらと微笑む。
「だって、あのお二人は傍から見れば相思相愛は明白なのに、そのことに無自覚だからああして公害……こほん。人に話して内に篭った想いを発散しているのですわ。でしたら、その想いを互いに向けてしまえば、すべては解決ではありませんか」
『はあ、まあ………』
理屈はわからないでもないですが、何もあそこまでしなくても。
リオはそう思ったものの、やはりそれをフィシスに面と向かって告げはしなかった。
満面の笑顔のソルジャー・ブルーが天体の間に訪れる。その足取りは軽やかであるのに力強く、彼の人の威厳とご機嫌が同時に伺えるものだった。
「まあ、ソルジャー・ブルー。ようこそいらっしいました。お待ちしておりましたのよ」
かたりと椅子を立ったフィシスの言葉に、ブルーは更に機嫌を良くした。
このところフィシスは忙しかったり、体調が優れないなどが続いて、あまり長く話し込むことができなかったからだ。
待っていた、というからには存分に話せるのだろうと喜び階段に足をかけたブルーは、階段下で竪琴を鳴らしていたアルフレートの額から冷や汗が流れていたことに気づかなかった。アルフレートはそのまま一礼をして、二人の時間を邪魔しないように遠慮した態で天体の間から逃げ出す。
「今日はあなたに、お伝えしなくてはならないことがあります」
「え?それはソーサラーとしての言葉かい?」
「いいえ。ですがあなたと、ジョミーのために必要なことですわ」
ジョミーのため、と聞いてブルーが反応しないわけがない。
フィシスが予想するまでもなく確信してた通り、ブルーは途端に表情を引き締めてフィシスの前に立った。
「聞こう」
その表情は、ソルジャーとして相応しいものだった。
「やあ、フィシス。こんにちは。いや、こんばんはかな」
夕方と夜との狭間の時間に訪れたジョミーの表情には、一日の疲れが透けて見えたが、それ以上に彼は上機嫌だった。
「まあ、いらっしゃい、ジョミー。お待ちしてましたのよ」
昼間にブルーを招き入れたときと同じような状況で、同じようなことをいうフィシスに、アルフレートは今度は早々に階段から立ち上がった。
そうして、ジョミーに挨拶もせずに足早に天体の間を後にする。
フィシスのファンであるアルフレートには、常々フィシスに近付くことをあまり快く思われていない自覚のあるジョミーは、珍しく一瞥もくれなかったアルフレートに首を傾げたが、フィシスに呼ばれてすぐに気を取り直した。
「今日は時間は大丈夫だったかな?」
女の子たちに占いをする約束がありますの、そろそろ入浴しようとしていたところですの、など最近はすれ違いが多かったことを指しているのだろうジョミーに、フィシスはにっこりと微笑んだ。
「ええ、今日はあなたに大切なお話がありまして……」
「大切な話?」
ちょこんと首を傾げたジョミーは、本人が聞けば断固として否定しそうだったが大層可愛らしい。
……この可愛らしさに、絆され続けてしまったのだ。
フィシスが手を伸ばすと、ジョミーはそれを握ってくれる。
「ええ、ソルジャー・ブルーのことです」
「ソルジャーがどうかしたの?」
途端にジョミーの雰囲気が引き締まった。
「フィシス、聞いてくれ!今日の目覚めはジョミーで迎えることが出来たんだ。僕が眠っていようと目覚めていようと、夜に挨拶にきてくれていることは知っていたが、なんとジョミーは朝も僕の顔を見てから訓練に行っていたと言うじゃないか!なんて可愛いのだろう!」(うっとり頬を染める)
「聞いて、フィシス!今日は朝の挨拶のときにソルジャーが目を覚ましてくれたんだよ!ぼく、一日がすごく楽しくて、機関長に怒られても幸せだったんだ。おかげでヘラヘラするなって、余計に怒られちゃったよ」(ペロリと舌を出して悪戯な微笑み)
「フィシス、聞いてくれ!今日のジョミーは休憩時間に子供たちとかくれんぼをしていたんだ。途中で疲れが出たのだろうね。隠れた木の上で眠ってしまった。その寝顔は天使のように清らかで……いや、天使如きがジョミーに叶うはずもないのだが。しかし眠っているのが木の枝の上だったからね。落ちては危ないと僕が迎えに行ったら、逆に怒られてしまったよ」(幸せそうな笑みで頭を掻く)
「フィシス聞いて!今日、ソルジャーったら広場まで出てきて、サイオンを使って木の上にあがってきたんだよ!……そりゃ、あんなところで居眠りをしたぼくも悪いんだけどさ……でも、そんなの下から声を掛けてくれたらいいのに、わざわざサイオンを使うなんて、自分の身体に無頓着すぎるよ、あの人!抱っこなんてしてくれなくても、落ちたりしないのに!」(頬を膨らませつつ、ほんのりと嬉しそうに)
「フィシス、聞いてくれ!今日はジョミーが手料理を作ってくれたんだ。卵の殻が少し痛かったが、カルシウムが不足しているだろう僕にはぴったりのオムレツだった!卵のふわふわとした食感が、まるで愛らしいジョミーのようで、今日は素晴らしい食事だった……」(感歎の溜息)
「フィシス……聞いてくれる?今日はぼくからソルジャーに、オムレツを作ってみたんだけど……失敗して卵の殻が混じってたみたいなんだ。ガリってすごい音がから、びっくりして吐き出してって言ったらあの人、『僕は歳だから多少の殻はカルシウムにちょうどいい』なんて言って、全部食べちゃったんだ。ぼく本当に申し訳なくて……ねえ、お詫びにもう一度何か作ろうと思うんだけど、あの人が好きな料理って知ってる?」(少し照れたような上目遣い)
「私は、惚気は聞き飽きました」
冴え冴えとする美貌でフィシスがテーブルを叩くと、さたる音も立てなかったというのに、傍らに立っていたアルフレートと、正面に所在なげに座っていたリオが同時にびくりと震えた。
『え……ええ……フィシス様、お気持ちはわかります……』
「確かに、この15年間、ジョミーを見つけてからのソルジャーからは来る日も来る日も「今日のジョミー」を聞いておりましたが、ジョミーをようやく迎え入れ、念願が叶ってからのあの方は更に磨きが掛かってしまいました」
ジョミーを遠くから見守るだけの日々の間の話は、傍に行くことのできない寂しさが含まれていたから、まだ素直に聞くことが出来た、の間違いではないだろうかと、アルフレートとリオは同時に考えたが、賢明なことに口にも思念も乗せなかった。
「それでもソルジャーおひとりからでしたらまだ我慢もできましたが、ジョミーまでが私に喜びの報告をするようになって……正直に申し上げてつらかったのです」
それは、様々な用事を作っては逃げ出していたことを考えると容易に想像はつく。
ほぼ毎日、二人掛かりで昼と夜、同じ話を、別々の視点で、惚気て聞かされていれば、それは嫌気も差すだろう。その点は確かにフィシスに同情する。リオはジョミーからしか惚気は聞かないので、まだマシだろう。
『……ですが、どうしてアレなんですか?』
衣装協力と称してフィシスの意趣返しに巻き込まれたリオが恐る恐ると訊ねると、フィシスは口元にほっそりとした指を翳して、あらと微笑む。
「だって、あのお二人は傍から見れば相思相愛は明白なのに、そのことに無自覚だからああして公害……こほん。人に話して内に篭った想いを発散しているのですわ。でしたら、その想いを互いに向けてしまえば、すべては解決ではありませんか」
『はあ、まあ………』
理屈はわからないでもないですが、何もあそこまでしなくても。
リオはそう思ったものの、やはりそれをフィシスに面と向かって告げはしなかった。
No.89 ゼンマイ仕掛け
Category : 小話・短文
最近パラレルぱっかりだったので、久々にソルジャーな二人で。
……と思ったのですが、すごい暗い話になりました。ブルーが非常に後ろ向き。ご注意。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
ぎこちない動きで、ブリキの玩具が両腕を動かす。
それを輝く瞳で見つめる子供。
やがて玩具はゼンマイが壊れ、忘れられる。
目を覚ますと、ほの暗いいつもの見飽きた部屋の天井が映る。
ブルーは起き上がろうとベッドに肘をついて。
身体を起こすことも出来ずにベッドに沈んだ。
溜息が漏れる。
久々に昔の夢を見た。
このシャングリラに来てからではない。アルタミラ時代のつらく忌まわしい記憶でもない。
もうほとんど白紙に近い、ミュウとして目覚めた切っ掛けの成人検査を受けるより、その前の記憶だ。三百年という月日の中で、わずか十四年にも満たない期間とはいえ、それなりにあってしかるべき記憶は、そのほとんどが消去され、まるで壊れたレコードのように、短い断片を繰り返すことしかできない。
「ブリキの玩具……ゼンマイ……」
滑稽なことに、両親、生家、友達、それらの人々のこと、それらの人々と過ごした大切だったであろう日々は虫食いの酷い書籍のように二度と復元もできないほどに壊されたのに、誰から貰ったのかも分からない、壊れかけたブリキの玩具のゼンマイを巻くシーンだけは繰り返し再生される。
滑稽だ。だがテラズナンバーを作った者の思惑を思えば、その記憶が大切であればあるほど、その人格を形成するために必要なものであればあるほど、それを消去するだろうから不思議でもない。
ゼンマイを巻いても動かなくなった玩具は、打ち捨てられ、やがて忘れ去られた。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻いても、動かなくなったことまで覚えてる。
なのにその玩具が、最期はどうなったのかをまるで覚えていない。
これは消された記憶の中にあったというよりも、ブルー自身がまるで覚えていないのだろうと、なんとなく確信できてしまう。
直されることも、捨てられることすらなく。
忘れられたのだ、あの玩具は。
部屋と空間を仕切っていたカーテンが揺れる。
「ブルー」
目を向けると、まだ幼さを残す少年が顔を覗かせて、表情を輝かせる。
「起きていたんですか?気分は悪くないですか?何か欲しいものとかありますか?あ、ドクターを呼んできたほうがいいのかな」
嬉しそうにベッドの傍らに膝をつき、シーツに両手をついて身を乗り出した少年は、水を指差したり振り返ったりと忙しい。
ブルーは思わず小さく吹き出して、シーツの波間から僅かに手を上げた。
「ジョミー、落ち着いて。ドクターは呼ばなくてもいい」
声を出すと、思った以上に喉が渇いていて、ひりつくように痛かった。掠れた声に、ジョミーは勢いよくベッドに乗り出していた身体を起こす。
「喉が痛いの!?すぐにドクターを……っ」
「ちがう……」
制止しようとした声がまた割れて、ブルーはジョミーの手を掴んだ。
『喉が渇いているだけだ。ドクターより水をくれないか、ジョミー』
声を出すとジョミーがうろたえると思念で伝えると、少年は半信半疑の様子でベッドサイドの水差しからグラスに移して、そこではたと止まった。
水を飲むには横たわったままでは支障がある。けれどブルーを助け起こすためには片手がグラスで塞がっている。
早く水を飲ませてあげなくてはと慌てているジョミーが、グラスを一旦テーブルに戻すという選択肢を忘れていることに、ブルーは苦笑を漏らした。
『ジョミー、器は君で』
そう伝えてみると、初め意味のわからなかったらしいジョミーはきょとんと目を瞬いた。
にこりと笑みを見せるブルーに、ようやく察したらしい。みるみるうちの頬を赤く染める。
「あ、あなたって人はっ!」
『喉が渇いたよ、ジョミー』
わざとらしく詰るような弱々しい渇いた咳を一度出すと、ジョミーは頬を膨らませたあと、結局さして迷うこともなくグラスに口をつけた。
少量を口に含むと、ベッドに手をついて身を乗り出す。
顔の横の枕がジョミーに押されて沈む感覚が、やけに生々しかった。
温かな唇が重なり、冷たい水が滑り込んでくる。
自覚していたよりも渇いていたのか、一口の水がまるで身体の底にまで染み渡るようだった。
ジョミーは身体を起こすと、再び水を口に含み同じことを繰り返す。
数度に渡る水の供給に、そろそろいいかとジョミーが考えていることが伝わった。ブルーは目を細めて流し込まれる水に逆らって薄く開いていたその口内へ舌を捻じ込む。
「んっ!」
急に行動に移されたことに、ジョミーは驚いたように跳ね起きた。お陰で水はブルーの口へ正しく移されず、その頬を濡らす。
「ジョミー」
「だって!今のはあなたが悪い!」
「水と一緒に君の愛情が欲しいと思っただけなのだがね。とにかく何か拭くものを取ってくれないか」
「はいはい」
ジョミーは諦めたように肩を落として、テーブルに手を伸ばす。グラスを置きながら、代わりにタオルを手にして、小さく小さく呟いた。
「愛情なら、たっぷりあげてたのに……」
「渇いていると、貪欲でね。足りないと言ったら怒るかい?」
「聞いてたの!?」
「聞えたんだよ」
軽く応えると、ジョミーはむっと頬を膨らませながら、濡れたブルーの頬と、枕を拭う。
「それで」
「ん?」
「どうしたら、ブルーの渇きは収まるの?」
膨れていたのは怒ったのではなく、ただの照れ隠しだ。
「さあ……どうすればいいのか、君が色々試してくれないか」
頬を撫でる優しい指先に、ブルーは目を細めて微笑んだ。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
壊れかけた身体は、少年の手によって、命を吹き込まれる。
願わくば。
直せなくなったそのときは、うち捨てて欲しい。
どうか、忘却の彼方へと消さないでくれと。
玩具の去就を忘れた身で、それでも願う。
「ゼンマイ仕掛け」
配布元:Seventh Heaven
……と思ったのですが、すごい暗い話になりました。ブルーが非常に後ろ向き。ご注意。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
ぎこちない動きで、ブリキの玩具が両腕を動かす。
それを輝く瞳で見つめる子供。
やがて玩具はゼンマイが壊れ、忘れられる。
目を覚ますと、ほの暗いいつもの見飽きた部屋の天井が映る。
ブルーは起き上がろうとベッドに肘をついて。
身体を起こすことも出来ずにベッドに沈んだ。
溜息が漏れる。
久々に昔の夢を見た。
このシャングリラに来てからではない。アルタミラ時代のつらく忌まわしい記憶でもない。
もうほとんど白紙に近い、ミュウとして目覚めた切っ掛けの成人検査を受けるより、その前の記憶だ。三百年という月日の中で、わずか十四年にも満たない期間とはいえ、それなりにあってしかるべき記憶は、そのほとんどが消去され、まるで壊れたレコードのように、短い断片を繰り返すことしかできない。
「ブリキの玩具……ゼンマイ……」
滑稽なことに、両親、生家、友達、それらの人々のこと、それらの人々と過ごした大切だったであろう日々は虫食いの酷い書籍のように二度と復元もできないほどに壊されたのに、誰から貰ったのかも分からない、壊れかけたブリキの玩具のゼンマイを巻くシーンだけは繰り返し再生される。
滑稽だ。だがテラズナンバーを作った者の思惑を思えば、その記憶が大切であればあるほど、その人格を形成するために必要なものであればあるほど、それを消去するだろうから不思議でもない。
ゼンマイを巻いても動かなくなった玩具は、打ち捨てられ、やがて忘れ去られた。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻いても、動かなくなったことまで覚えてる。
なのにその玩具が、最期はどうなったのかをまるで覚えていない。
これは消された記憶の中にあったというよりも、ブルー自身がまるで覚えていないのだろうと、なんとなく確信できてしまう。
直されることも、捨てられることすらなく。
忘れられたのだ、あの玩具は。
部屋と空間を仕切っていたカーテンが揺れる。
「ブルー」
目を向けると、まだ幼さを残す少年が顔を覗かせて、表情を輝かせる。
「起きていたんですか?気分は悪くないですか?何か欲しいものとかありますか?あ、ドクターを呼んできたほうがいいのかな」
嬉しそうにベッドの傍らに膝をつき、シーツに両手をついて身を乗り出した少年は、水を指差したり振り返ったりと忙しい。
ブルーは思わず小さく吹き出して、シーツの波間から僅かに手を上げた。
「ジョミー、落ち着いて。ドクターは呼ばなくてもいい」
声を出すと、思った以上に喉が渇いていて、ひりつくように痛かった。掠れた声に、ジョミーは勢いよくベッドに乗り出していた身体を起こす。
「喉が痛いの!?すぐにドクターを……っ」
「ちがう……」
制止しようとした声がまた割れて、ブルーはジョミーの手を掴んだ。
『喉が渇いているだけだ。ドクターより水をくれないか、ジョミー』
声を出すとジョミーがうろたえると思念で伝えると、少年は半信半疑の様子でベッドサイドの水差しからグラスに移して、そこではたと止まった。
水を飲むには横たわったままでは支障がある。けれどブルーを助け起こすためには片手がグラスで塞がっている。
早く水を飲ませてあげなくてはと慌てているジョミーが、グラスを一旦テーブルに戻すという選択肢を忘れていることに、ブルーは苦笑を漏らした。
『ジョミー、器は君で』
そう伝えてみると、初め意味のわからなかったらしいジョミーはきょとんと目を瞬いた。
にこりと笑みを見せるブルーに、ようやく察したらしい。みるみるうちの頬を赤く染める。
「あ、あなたって人はっ!」
『喉が渇いたよ、ジョミー』
わざとらしく詰るような弱々しい渇いた咳を一度出すと、ジョミーは頬を膨らませたあと、結局さして迷うこともなくグラスに口をつけた。
少量を口に含むと、ベッドに手をついて身を乗り出す。
顔の横の枕がジョミーに押されて沈む感覚が、やけに生々しかった。
温かな唇が重なり、冷たい水が滑り込んでくる。
自覚していたよりも渇いていたのか、一口の水がまるで身体の底にまで染み渡るようだった。
ジョミーは身体を起こすと、再び水を口に含み同じことを繰り返す。
数度に渡る水の供給に、そろそろいいかとジョミーが考えていることが伝わった。ブルーは目を細めて流し込まれる水に逆らって薄く開いていたその口内へ舌を捻じ込む。
「んっ!」
急に行動に移されたことに、ジョミーは驚いたように跳ね起きた。お陰で水はブルーの口へ正しく移されず、その頬を濡らす。
「ジョミー」
「だって!今のはあなたが悪い!」
「水と一緒に君の愛情が欲しいと思っただけなのだがね。とにかく何か拭くものを取ってくれないか」
「はいはい」
ジョミーは諦めたように肩を落として、テーブルに手を伸ばす。グラスを置きながら、代わりにタオルを手にして、小さく小さく呟いた。
「愛情なら、たっぷりあげてたのに……」
「渇いていると、貪欲でね。足りないと言ったら怒るかい?」
「聞いてたの!?」
「聞えたんだよ」
軽く応えると、ジョミーはむっと頬を膨らませながら、濡れたブルーの頬と、枕を拭う。
「それで」
「ん?」
「どうしたら、ブルーの渇きは収まるの?」
膨れていたのは怒ったのではなく、ただの照れ隠しだ。
「さあ……どうすればいいのか、君が色々試してくれないか」
頬を撫でる優しい指先に、ブルーは目を細めて微笑んだ。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
壊れかけた身体は、少年の手によって、命を吹き込まれる。
願わくば。
直せなくなったそのときは、うち捨てて欲しい。
どうか、忘却の彼方へと消さないでくれと。
玩具の去就を忘れた身で、それでも願う。
「ゼンマイ仕掛け」
配布元:Seventh Heaven
No.87 酩酊
Category : 小話・短文
唐突に書きたくなったのでヴァンパイアジョミーの続き小話。これはどっちかというと、美夕より夕維か…。
喉が渇く、喉が痛い、喉が熱い。
「―――う………」
眠ろうと目を閉じても、息苦しくて到底眠れそうもない。どれほど駄目だと戒めても、芳しい血の香りに喉が渇く。
ジョミーはたまらず目を開けた。
昼間でも渇くときは渇くが、夜の渇きは耐え難い。
起き上がったベッドで額を押さえて息を吐いた。
ちらりと視線を向けると、この渇きを増幅させる元が部屋の反対側の壁際のベッドで安らかに眠っている。
神魔が潜り込んでいる気配を捉えて編入した学校は、よりによって全寮制だった。しかも必ず二人部屋ときては、ジョミーにとって夜の時間は堪らない拷問だ。
気配に聡い彼が、どうやら今夜は飛び起きたジョミーにも目を覚まさなかった。
明かりを消した暗闇の中でも、ジョミーの目には昼間のように部屋の情景が何の障害もなく見える。
ジョミーは激しく心臓を叩く鼓動に胸を押さえながら、音を立てないように床に足を降ろした。
ふわりと綿毛のような柔らかな動作で、音もなく同室者のベッドの傍らまで移動する。
几帳面な同室者らしく、寝乱れた様子もほとんどなく仰向けに転がっている。
その首筋に目が釘付けだった。
……少しなら、少しだけなら。貧血になるほども貰わない。ほんの少し、喉の渇きを治めるぶんだけ…。
「だめだ」
伸びそうになった震える手を握り締め、ジョミーは強く目を閉じて唇を噛み締める。
これが必要な行為だなんて分かっている。これは食事なのだ。人が食事に家畜を屠殺することに比べれば、相手を殺したりなんかしない、少しだけ血をもらうだけの行為だと分かっていて、なお。
「………馬鹿だな……」
それでも、心のどこかが否定する。血を飲みたいだなんて、化け物になりたくない。もう今更遅いけれど。
我慢をしてもいずれ飲まなくてはならない。両親を助け出すためには、生き続けなくては。
そのためには、この『食事』にだって慣れないといけない。
分かっていて。
「ジョミー」
背後の闇が揺らぎ、密かやな声がジョミーの耳朶を擽る。
白い手が伸びてきて、後ろからジョミーを優しく包み込んできた。
「喉が渇いたのかい?」
「ブルー……」
助けを求めるように顎を僅かに上げ、後ろから抱き締める男の白皙の面を見上げる。
白い首筋が目に入り、ジョミーは強く目を閉じて首を振った。
「大丈夫、平気」
ブルーの香りは、一層ジョミーに飢えを自覚させた。
同じ神魔だからなのか、ブルーは誰よりも香り高い。
「平気ではないよ。無理をしなくていい」
そっとジョミーの髪に頬を摺り寄せると、ブルーが軽く床を蹴った。
音もなくジョミーを抱いたまま跳躍したブルーは、ジョミーのベッドに静かに舞い降りてジョミーを丁寧に降ろす。
そうしてジョミーと正面から向き合い、襟元を自らの手で寛げて広げた。
「さあ、飲んで」
「でも……」
「飲んで。人の血を吸うことが恐くても、僕ならもう既に何度も飲んでいるだろう」
「だ……だからじゃないか」
白い首筋が眩しくて、眩暈を覚えるような甘い香りが息苦しくて、ジョミーは顔を背けた。
「少し前にもブルーの血を貰った。ブルーからばっかりもらったら、ブルーの血が足りなくなる」
「でも君は、人の血は吸いたくない」
「神魔から貰う。ここに入り込んだ神魔を闇に還す前に……」
「そう言って、一度も飲んだことがないくせに」
白く細く長い指がジョミーの顎を捕らえて、ついと優しい力で顔を上げさせた。
見上げてしまった赤い瞳に、囚われる。
赤い、赤い、瞳。
神魔の血を飲まないのなんて、だって仕方がない。神魔を闇に還すときは、いつだって誰よりも香り高いブルーが傍にいる。それなのに、他の獲物になんて目の向きようがない。
唇を噛み締めたジョミーに、ブルーはくすりと笑って指先で頬を擽った。
「大丈夫だよ、ジョミー。僕は神魔だ。ヒトじゃない。少しくらい君が血を飲みすぎても命の別状どころか行動にも支障はない」
「けど」
「君が渇きを耐えている悲鳴が聞えると、僕は何よりよりつらい」
さあ、と再び白い首筋をさらされて、ジョミーは泣き出したくなった。
耐えられない。
この喉は、舌は、ブルーの血を既に知っている。
鉄錆の味が広がるのに、同時に蜂蜜のように甘い。芳醇なワインのようにジョミーを酩酊させ、溺れさせる。
「ブルー………」
手が、伸びた。
白い首にジョミーの腕が絡まり、捉えて逃さないように抱き込んでしまう。
ベッドに膝で立ち、その白い首筋に唇を寄せると、ブルーはそれを待っていたようにジョミーの細い腰を抱き寄せた。
月明かりだけの部屋で、影が重なり甘い血の匂いが部屋を満たした。
「ごめん……ね……」
ベッドに落ちるように腰を落としたジョミーは、赤い血の付いた牙に触れながら俯く。
「どうして謝るんだい。これは僕の望みなのに」
俯いた頬に手を添えて、上を見上げさせる。唇の端から零れた赤い雫を指の腹で拭うと、色を薄めながらジョミーの唇を彩った。
ぞくりと悪寒にも似た感覚が、ブルーの背筋を駆け上る。
ジョミーの唇を濡らし、汚すものが己の血であるという事実。
この瞬間がたまらなく愛しくて、他の誰かの血で代用されることが耐え難い。
いずれジョミーはブルー以外の者の血でも口にするようになるだろう。本当は、そうできるようにブルーが手を回さなくてはいけないのだ。
たとえば、ブルーの手で血を採取して、器に入れてジョミーに渡す。直接ヒトの首に噛み付くより、ジョミーの抵抗は幾分少ないはずだ。
そうやって血の味を覚えて、少しずつ他の者の血に慣れさせる。
従者として、ブルーが主のためにしなくては、ならない。
けれどできない。したくない。
多少の血を飲まれても支障がないというのは事実だ。
ジョミーを守るために必要な力を確保できるなら、ジョミーが口にする血はブルーのものだけであって欲しい。
「これはね、僕の我侭なんだよ……」
繰り返し囁いてブルーが身を屈めると、ジョミーは応えるように目を閉じる。
重ねた唇は、鉄錆のような味がした。
ブルーにとっては吐き気を催すような味だが、ブルーがこのとき味わっているのは、ジョミーの柔らかな唇であり、血の匂いの奥にある甘いジョミーの唾液だ。
ジョミーの小さな手が震えながらブルーの服を握り締め、口付けに応えるように自らも舌を絡まる。
「ん……」
僅かな息継ぎの間を空け、再び唇を重ねると、ゆっくりとジョミーの身体をベッドへ横たえた。
濡れた音を立てて舌を絡ませ、ジョミーの足の合間に膝を割り込ませると、ジョミーの足が甘えるようにブルーに擦りつけられる。
「………ブルー……」
濡れた瞳で覆い被さるブルーを見つめ、濡れた唇で甘く名を囁く。
ブルーもまたその声に、吐息に、酩酊するような甘い眩暈を覚えた。
誘惑の中でもう一度だけジョミーと唇を重ねる。
今度は触れるだけですぐに離れ、ジョミーの頭を抱えてその隣に横たわる。
「もうお休み。疲れただろう?明日も神魔を探さなくては」
「うん。……あのね、ブルー。朝までこうしていてくれる?」
「君が望むままに」
髪を撫でて耳元で囁くと、ジョミーはようやく笑みを零して、ブルーの胸に甘えるように擦り寄り、目を閉じた。
喉が渇く、喉が痛い、喉が熱い。
「―――う………」
眠ろうと目を閉じても、息苦しくて到底眠れそうもない。どれほど駄目だと戒めても、芳しい血の香りに喉が渇く。
ジョミーはたまらず目を開けた。
昼間でも渇くときは渇くが、夜の渇きは耐え難い。
起き上がったベッドで額を押さえて息を吐いた。
ちらりと視線を向けると、この渇きを増幅させる元が部屋の反対側の壁際のベッドで安らかに眠っている。
神魔が潜り込んでいる気配を捉えて編入した学校は、よりによって全寮制だった。しかも必ず二人部屋ときては、ジョミーにとって夜の時間は堪らない拷問だ。
気配に聡い彼が、どうやら今夜は飛び起きたジョミーにも目を覚まさなかった。
明かりを消した暗闇の中でも、ジョミーの目には昼間のように部屋の情景が何の障害もなく見える。
ジョミーは激しく心臓を叩く鼓動に胸を押さえながら、音を立てないように床に足を降ろした。
ふわりと綿毛のような柔らかな動作で、音もなく同室者のベッドの傍らまで移動する。
几帳面な同室者らしく、寝乱れた様子もほとんどなく仰向けに転がっている。
その首筋に目が釘付けだった。
……少しなら、少しだけなら。貧血になるほども貰わない。ほんの少し、喉の渇きを治めるぶんだけ…。
「だめだ」
伸びそうになった震える手を握り締め、ジョミーは強く目を閉じて唇を噛み締める。
これが必要な行為だなんて分かっている。これは食事なのだ。人が食事に家畜を屠殺することに比べれば、相手を殺したりなんかしない、少しだけ血をもらうだけの行為だと分かっていて、なお。
「………馬鹿だな……」
それでも、心のどこかが否定する。血を飲みたいだなんて、化け物になりたくない。もう今更遅いけれど。
我慢をしてもいずれ飲まなくてはならない。両親を助け出すためには、生き続けなくては。
そのためには、この『食事』にだって慣れないといけない。
分かっていて。
「ジョミー」
背後の闇が揺らぎ、密かやな声がジョミーの耳朶を擽る。
白い手が伸びてきて、後ろからジョミーを優しく包み込んできた。
「喉が渇いたのかい?」
「ブルー……」
助けを求めるように顎を僅かに上げ、後ろから抱き締める男の白皙の面を見上げる。
白い首筋が目に入り、ジョミーは強く目を閉じて首を振った。
「大丈夫、平気」
ブルーの香りは、一層ジョミーに飢えを自覚させた。
同じ神魔だからなのか、ブルーは誰よりも香り高い。
「平気ではないよ。無理をしなくていい」
そっとジョミーの髪に頬を摺り寄せると、ブルーが軽く床を蹴った。
音もなくジョミーを抱いたまま跳躍したブルーは、ジョミーのベッドに静かに舞い降りてジョミーを丁寧に降ろす。
そうしてジョミーと正面から向き合い、襟元を自らの手で寛げて広げた。
「さあ、飲んで」
「でも……」
「飲んで。人の血を吸うことが恐くても、僕ならもう既に何度も飲んでいるだろう」
「だ……だからじゃないか」
白い首筋が眩しくて、眩暈を覚えるような甘い香りが息苦しくて、ジョミーは顔を背けた。
「少し前にもブルーの血を貰った。ブルーからばっかりもらったら、ブルーの血が足りなくなる」
「でも君は、人の血は吸いたくない」
「神魔から貰う。ここに入り込んだ神魔を闇に還す前に……」
「そう言って、一度も飲んだことがないくせに」
白く細く長い指がジョミーの顎を捕らえて、ついと優しい力で顔を上げさせた。
見上げてしまった赤い瞳に、囚われる。
赤い、赤い、瞳。
神魔の血を飲まないのなんて、だって仕方がない。神魔を闇に還すときは、いつだって誰よりも香り高いブルーが傍にいる。それなのに、他の獲物になんて目の向きようがない。
唇を噛み締めたジョミーに、ブルーはくすりと笑って指先で頬を擽った。
「大丈夫だよ、ジョミー。僕は神魔だ。ヒトじゃない。少しくらい君が血を飲みすぎても命の別状どころか行動にも支障はない」
「けど」
「君が渇きを耐えている悲鳴が聞えると、僕は何よりよりつらい」
さあ、と再び白い首筋をさらされて、ジョミーは泣き出したくなった。
耐えられない。
この喉は、舌は、ブルーの血を既に知っている。
鉄錆の味が広がるのに、同時に蜂蜜のように甘い。芳醇なワインのようにジョミーを酩酊させ、溺れさせる。
「ブルー………」
手が、伸びた。
白い首にジョミーの腕が絡まり、捉えて逃さないように抱き込んでしまう。
ベッドに膝で立ち、その白い首筋に唇を寄せると、ブルーはそれを待っていたようにジョミーの細い腰を抱き寄せた。
月明かりだけの部屋で、影が重なり甘い血の匂いが部屋を満たした。
「ごめん……ね……」
ベッドに落ちるように腰を落としたジョミーは、赤い血の付いた牙に触れながら俯く。
「どうして謝るんだい。これは僕の望みなのに」
俯いた頬に手を添えて、上を見上げさせる。唇の端から零れた赤い雫を指の腹で拭うと、色を薄めながらジョミーの唇を彩った。
ぞくりと悪寒にも似た感覚が、ブルーの背筋を駆け上る。
ジョミーの唇を濡らし、汚すものが己の血であるという事実。
この瞬間がたまらなく愛しくて、他の誰かの血で代用されることが耐え難い。
いずれジョミーはブルー以外の者の血でも口にするようになるだろう。本当は、そうできるようにブルーが手を回さなくてはいけないのだ。
たとえば、ブルーの手で血を採取して、器に入れてジョミーに渡す。直接ヒトの首に噛み付くより、ジョミーの抵抗は幾分少ないはずだ。
そうやって血の味を覚えて、少しずつ他の者の血に慣れさせる。
従者として、ブルーが主のためにしなくては、ならない。
けれどできない。したくない。
多少の血を飲まれても支障がないというのは事実だ。
ジョミーを守るために必要な力を確保できるなら、ジョミーが口にする血はブルーのものだけであって欲しい。
「これはね、僕の我侭なんだよ……」
繰り返し囁いてブルーが身を屈めると、ジョミーは応えるように目を閉じる。
重ねた唇は、鉄錆のような味がした。
ブルーにとっては吐き気を催すような味だが、ブルーがこのとき味わっているのは、ジョミーの柔らかな唇であり、血の匂いの奥にある甘いジョミーの唾液だ。
ジョミーの小さな手が震えながらブルーの服を握り締め、口付けに応えるように自らも舌を絡まる。
「ん……」
僅かな息継ぎの間を空け、再び唇を重ねると、ゆっくりとジョミーの身体をベッドへ横たえた。
濡れた音を立てて舌を絡ませ、ジョミーの足の合間に膝を割り込ませると、ジョミーの足が甘えるようにブルーに擦りつけられる。
「………ブルー……」
濡れた瞳で覆い被さるブルーを見つめ、濡れた唇で甘く名を囁く。
ブルーもまたその声に、吐息に、酩酊するような甘い眩暈を覚えた。
誘惑の中でもう一度だけジョミーと唇を重ねる。
今度は触れるだけですぐに離れ、ジョミーの頭を抱えてその隣に横たわる。
「もうお休み。疲れただろう?明日も神魔を探さなくては」
「うん。……あのね、ブルー。朝までこうしていてくれる?」
「君が望むままに」
髪を撫でて耳元で囁くと、ジョミーはようやく笑みを零して、ブルーの胸に甘えるように擦り寄り、目を閉じた。
No.80 永遠の刻5
Category : 小話・短文
いくらでも続けられる感じですが、終わり。美夕のあの幻想的なイメージを追いかけて玉砕です。
OVAと漫画を足してる設定になりました。なんとなく。
OVAのままだとブルーが顔と声を封印されちゃうし、漫画だとジョミーがママを……しなくちゃいけないので、その中間で。
ちなみに「下僕」は「しもべ」とお読みください。本来しもべなら「僕」だけなんですが、「げぼく」だとまた強烈な感じがするので~(^^;)
だけど本当にブルーが下僕としてご奉仕するとなると、ジョミーのほうが大変なことになります。下克上か(笑)
「な……っ」
真っ赤な空に果てなく伸びるいくつもの黒い影が、躍るように揺らめく。
「目覚めだ」
「監視者の目覚めだ」
「再び門は閉じられる」
揺らめく影に、ジョミーは蒼白になって手を振った。
「違う!ぼくは人間だっ」
「ジョミーっ!」
影の向こうから聞えた悲鳴に、背筋が凍ったように一瞬にして興奮したジョミーの激情が恐怖に染まる。
「ママ!パパ!」
「ジョミー……!目覚めてしまったの……?監視者の、神魔の血にっ」
はらはらと涙を零す母の肩を、父の大きな手が覆う。
「長よ!ジョミーはまだ幼いのです!どうか、どうか今しばらくの猶予を……」
ブルーに語られるまでジョミーが何も知らなかったことを、まるで初めから知っていたように叫ぶ両親に、ジョミーは大きく目を見開いた。
ふいに背後に現れた気配が、後ろからジョミーを包み込む。
「ブルーっ!」
「君は監視者の血族だと言っただろう?君の両親は、血族に生まれながらその力が弱かった。それゆえ、長きに渡り監視者が不在になっていたんだ。僕やキースは、その隙に闇からこの世界へと来た」
後ろからジョミーを藤色の布の中に包むように覆い、耳元で囁き語るブルーの声に、影の声が重なる。
「そうはゆかぬ。お前たちの血の薄さゆえ、長年に渡り監視者の不在が続いた。数多く逃げ出したはぐれ神魔を闇に還さねばならん。ジョミーは既に目覚めた!新たな監視者の誕生だ!」
「……君の両親は、神魔の血に目覚める14歳を前に、猶予を求めに長の元へ行っていたのだね」
「そ……んな………パパ……ママ!」
巻き込まないようにと思っていた両親は、すべて知っていた。知っていて、それでもジョミーを守ろうとしていた。
その間に、ジョミーは何をしただろう。
震えるジョミーに気づいたように、ブルーがその髪に頬を摺り寄せた。
「泣かないでくれ、ジョミー……。僕は不法に闇から抜け出したはぐれ神魔だが、君の下僕として現世に留まることができる。僕が傍にいるから……」
喉の渇きに支配され、ブルーの血を。
「いやだっ!違う!ぼくは人間だっ!血なんて……欲しくない……っ」
血なんて欲しくない。
それは心からの叫びなのに、舌が、喉が、ブルーの血の味を覚えている。それまでなかったはずの牙がその肌を突き破る快感が口に残っている。
「………っ……ぼくは……人間、だ……っ」
「既に下僕を従えておるな」
繰り返す言葉を否定するように、影は無情に告げた。母と父の表情が悲しみに歪む。
「ジョミー……」
「ママ……パパ……っ」
どう言えばいいのか分からない。謝りたいのに、何を謝ればいいのかも分からない。血を飲んでごめんなさい……だなんて、人が謝る言葉ではない。
「でもぼくは………神魔なんかじゃ……ない……」
「自らの宿命を受け入れぬとあらば、罰を与えねばならん」
「罰?」
影に目を向けたジョミーは、鋭い悲鳴を聞いて息を飲む。
「ママ!?パパ!」
足元から氷が駆け上るように、両親の身体を包み込んでいく。
「や……やめろ!わかった!ぼくがやる!監視者になるからっ」
ブルーの腕の中から駆け出して、力の限り手を伸ばす。だがその手が届く前に、氷はすでに両親の肩まで包み込んでいた。
「ジョミー」
そのとき、どうして二人が微笑んだのか分からない。
二人は手を握り合った姿のまま、氷の中に閉じ込められた。
膝を付き、うな垂れるジョミーの頭上で影が躍る。
「既に闇から抜け出したすべての神魔を闇へと還したとき、お前の両親を戒めから解き放つ」
気がつけば、ジョミーは自宅の廊下に膝を付いてうな垂れていた。
「どうして………」
背後で部屋の扉が微かな軋みを上げる。
「……ジョミー」
「どうしてママとパパが………どうしてなんだよっ」
「……彼らは、君だけが闇を背負うことに耐えられなかったのだろう」
「なに……それ……」
零れ落ちる雫が、廊下と握り締めた拳を濡らす。
「ジョミー、僕が傍にい……」
伸ばされた手を、振り払ったのは反射だった。
乾いた音を立てて、弾かれたブルーの手の甲に赤い一筋の線が走る。
「あ……」
息を飲むジョミーに、ブルーは優しく微笑んだ。
「いいんだ。僕は君の下僕だ。君が望むままに傍にいるし、君がそう命じるなら近付かない」
「違う。ぼく、ごめん、なさい……八つ当たりだ」
「いや。僕の爪が君を目覚めさせたのだから」
緩く首を振るブルーに、ジョミーは涙を拭いながら苦笑を零す。
「目覚めなかったら、ぼくはあなたに殺されていたんでしょう?」
「そうだね……いや、どうだろう」
「殺そうとしたくせに」
「だけど殺せなかった。僕は本当は、初めて君に会いに行った時、君をこの手に掛けるつもりだった」
自らの右手に視線を落とすブルーに、ジョミーは首を傾げた。
「ぼくの小鳥を一緒に埋めてくれたときのこと?」
「覚えていたのかい?」
「うん、夢で……」
冷たくなった小鳥を抱えた両手に添えられた、白い手を思い出す。
―――生命は、永遠ではないから美しい。
あのとき、ブルーはそう言った。
「……ヴァンパイアってさ、死なないの?歳も取らないって本当?」
「死は何者にも存在する。だが君が望むなら悠久に近い時を生きることも可能だ」
ジョミーがついと手を伸ばすと、ブルーはその両手を広げて迎え入れてくれた。あの時触れた冷たい手は、今はもう冷たくはない。
ブルーが暖かくなったのではなくて、ジョミーの身体が人よりも冷たくなっているのだと、気づいてしまって泣きそうになる。
「はぐれ神魔って、たくさんいるの?」
「正確な数は分からない。だが……」
「ブルーの友達もいるんだよね?」
「キースかい?……ああ……今頃ひどく怒っているだろうな。僕を信じて君の事を任せてくれたから」
ジョミーを抱き締める手に力を込めて、ブルーはくすりと小さく笑った。
「キースは友人というより、共犯者だね。闇を抜け出すときに協力しあった腐れ縁だよ。だけど君の両親を解放するためになら、彼を闇に還すことに躊躇いはない。それに、キースを相手に躊躇えば、こちらのほうが危険だ」
「彼にぼくの血を分けて、あなたと一緒に傍にいてもらうことはできないの?」
ふと、名案ではないかと顔を上げると、途端にブルーは不愉快そうに眉を潜める。
「それはキースが嫌がるだろう。君がどうしても、というのなら強制することに協力はするけれど、正直に言っていいのなら僕も面白くない」
「どうして?友達と戦うより、そのほうが良いじゃないか」
「君の血をキースに分けるということが気に食わない。ジョミーの下僕は僕だけでいい」
ぱちぱちと瞬きをして見上げても、ブルーの表情は真剣そのもので冗談を言ったわけではないらしい。
ジョミーはブルーの首に腕を絡めながら、その瞳を覗き込む。
「ぼくは、あなたを下僕だなんて思ってないよ」
「血の契約を交わした。君の血を受けた以上、僕は君の下僕だよ」
「あのね、ブルー。下僕だといやいやでもぼくの傍にいるってことだよね?」
「僕が君の傍を厭うはずがない」
はっきりと言い切ったブルーに、思わず吹き出しながらぎゅっと抱き締めた。
「ぼくの役目につき合わせて、ごめんね。大好きだよ、ブルー」
だから下僕だなんて、言わないで。
そう囁けば、背中に回されていたブルーの腕に力が込められた。
「君が嫌がるのなら、もう言わないよ。君の傍にいることが許されたのは、君の血を受けたからだが、君の傍にあるのは僕の意思だ。君に血を飲まれることを望んだ、僕の」
優しい声をききながら、白い首筋に顔を埋めて、ジョミーは目を閉じた。
ぼくはもう、小鳥のところには行けないだろう。
けれど寂しくはない。
両親を助け出すために、悠久の時を共に生きることさえ望んでくれた人が、ここにいるから。
OVAと漫画を足してる設定になりました。なんとなく。
OVAのままだとブルーが顔と声を封印されちゃうし、漫画だとジョミーがママを……しなくちゃいけないので、その中間で。
ちなみに「下僕」は「しもべ」とお読みください。本来しもべなら「僕」だけなんですが、「げぼく」だとまた強烈な感じがするので~(^^;)
だけど本当にブルーが下僕としてご奉仕するとなると、ジョミーのほうが大変なことになります。下克上か(笑)
「な……っ」
真っ赤な空に果てなく伸びるいくつもの黒い影が、躍るように揺らめく。
「目覚めだ」
「監視者の目覚めだ」
「再び門は閉じられる」
揺らめく影に、ジョミーは蒼白になって手を振った。
「違う!ぼくは人間だっ」
「ジョミーっ!」
影の向こうから聞えた悲鳴に、背筋が凍ったように一瞬にして興奮したジョミーの激情が恐怖に染まる。
「ママ!パパ!」
「ジョミー……!目覚めてしまったの……?監視者の、神魔の血にっ」
はらはらと涙を零す母の肩を、父の大きな手が覆う。
「長よ!ジョミーはまだ幼いのです!どうか、どうか今しばらくの猶予を……」
ブルーに語られるまでジョミーが何も知らなかったことを、まるで初めから知っていたように叫ぶ両親に、ジョミーは大きく目を見開いた。
ふいに背後に現れた気配が、後ろからジョミーを包み込む。
「ブルーっ!」
「君は監視者の血族だと言っただろう?君の両親は、血族に生まれながらその力が弱かった。それゆえ、長きに渡り監視者が不在になっていたんだ。僕やキースは、その隙に闇からこの世界へと来た」
後ろからジョミーを藤色の布の中に包むように覆い、耳元で囁き語るブルーの声に、影の声が重なる。
「そうはゆかぬ。お前たちの血の薄さゆえ、長年に渡り監視者の不在が続いた。数多く逃げ出したはぐれ神魔を闇に還さねばならん。ジョミーは既に目覚めた!新たな監視者の誕生だ!」
「……君の両親は、神魔の血に目覚める14歳を前に、猶予を求めに長の元へ行っていたのだね」
「そ……んな………パパ……ママ!」
巻き込まないようにと思っていた両親は、すべて知っていた。知っていて、それでもジョミーを守ろうとしていた。
その間に、ジョミーは何をしただろう。
震えるジョミーに気づいたように、ブルーがその髪に頬を摺り寄せた。
「泣かないでくれ、ジョミー……。僕は不法に闇から抜け出したはぐれ神魔だが、君の下僕として現世に留まることができる。僕が傍にいるから……」
喉の渇きに支配され、ブルーの血を。
「いやだっ!違う!ぼくは人間だっ!血なんて……欲しくない……っ」
血なんて欲しくない。
それは心からの叫びなのに、舌が、喉が、ブルーの血の味を覚えている。それまでなかったはずの牙がその肌を突き破る快感が口に残っている。
「………っ……ぼくは……人間、だ……っ」
「既に下僕を従えておるな」
繰り返す言葉を否定するように、影は無情に告げた。母と父の表情が悲しみに歪む。
「ジョミー……」
「ママ……パパ……っ」
どう言えばいいのか分からない。謝りたいのに、何を謝ればいいのかも分からない。血を飲んでごめんなさい……だなんて、人が謝る言葉ではない。
「でもぼくは………神魔なんかじゃ……ない……」
「自らの宿命を受け入れぬとあらば、罰を与えねばならん」
「罰?」
影に目を向けたジョミーは、鋭い悲鳴を聞いて息を飲む。
「ママ!?パパ!」
足元から氷が駆け上るように、両親の身体を包み込んでいく。
「や……やめろ!わかった!ぼくがやる!監視者になるからっ」
ブルーの腕の中から駆け出して、力の限り手を伸ばす。だがその手が届く前に、氷はすでに両親の肩まで包み込んでいた。
「ジョミー」
そのとき、どうして二人が微笑んだのか分からない。
二人は手を握り合った姿のまま、氷の中に閉じ込められた。
膝を付き、うな垂れるジョミーの頭上で影が躍る。
「既に闇から抜け出したすべての神魔を闇へと還したとき、お前の両親を戒めから解き放つ」
気がつけば、ジョミーは自宅の廊下に膝を付いてうな垂れていた。
「どうして………」
背後で部屋の扉が微かな軋みを上げる。
「……ジョミー」
「どうしてママとパパが………どうしてなんだよっ」
「……彼らは、君だけが闇を背負うことに耐えられなかったのだろう」
「なに……それ……」
零れ落ちる雫が、廊下と握り締めた拳を濡らす。
「ジョミー、僕が傍にい……」
伸ばされた手を、振り払ったのは反射だった。
乾いた音を立てて、弾かれたブルーの手の甲に赤い一筋の線が走る。
「あ……」
息を飲むジョミーに、ブルーは優しく微笑んだ。
「いいんだ。僕は君の下僕だ。君が望むままに傍にいるし、君がそう命じるなら近付かない」
「違う。ぼく、ごめん、なさい……八つ当たりだ」
「いや。僕の爪が君を目覚めさせたのだから」
緩く首を振るブルーに、ジョミーは涙を拭いながら苦笑を零す。
「目覚めなかったら、ぼくはあなたに殺されていたんでしょう?」
「そうだね……いや、どうだろう」
「殺そうとしたくせに」
「だけど殺せなかった。僕は本当は、初めて君に会いに行った時、君をこの手に掛けるつもりだった」
自らの右手に視線を落とすブルーに、ジョミーは首を傾げた。
「ぼくの小鳥を一緒に埋めてくれたときのこと?」
「覚えていたのかい?」
「うん、夢で……」
冷たくなった小鳥を抱えた両手に添えられた、白い手を思い出す。
―――生命は、永遠ではないから美しい。
あのとき、ブルーはそう言った。
「……ヴァンパイアってさ、死なないの?歳も取らないって本当?」
「死は何者にも存在する。だが君が望むなら悠久に近い時を生きることも可能だ」
ジョミーがついと手を伸ばすと、ブルーはその両手を広げて迎え入れてくれた。あの時触れた冷たい手は、今はもう冷たくはない。
ブルーが暖かくなったのではなくて、ジョミーの身体が人よりも冷たくなっているのだと、気づいてしまって泣きそうになる。
「はぐれ神魔って、たくさんいるの?」
「正確な数は分からない。だが……」
「ブルーの友達もいるんだよね?」
「キースかい?……ああ……今頃ひどく怒っているだろうな。僕を信じて君の事を任せてくれたから」
ジョミーを抱き締める手に力を込めて、ブルーはくすりと小さく笑った。
「キースは友人というより、共犯者だね。闇を抜け出すときに協力しあった腐れ縁だよ。だけど君の両親を解放するためになら、彼を闇に還すことに躊躇いはない。それに、キースを相手に躊躇えば、こちらのほうが危険だ」
「彼にぼくの血を分けて、あなたと一緒に傍にいてもらうことはできないの?」
ふと、名案ではないかと顔を上げると、途端にブルーは不愉快そうに眉を潜める。
「それはキースが嫌がるだろう。君がどうしても、というのなら強制することに協力はするけれど、正直に言っていいのなら僕も面白くない」
「どうして?友達と戦うより、そのほうが良いじゃないか」
「君の血をキースに分けるということが気に食わない。ジョミーの下僕は僕だけでいい」
ぱちぱちと瞬きをして見上げても、ブルーの表情は真剣そのもので冗談を言ったわけではないらしい。
ジョミーはブルーの首に腕を絡めながら、その瞳を覗き込む。
「ぼくは、あなたを下僕だなんて思ってないよ」
「血の契約を交わした。君の血を受けた以上、僕は君の下僕だよ」
「あのね、ブルー。下僕だといやいやでもぼくの傍にいるってことだよね?」
「僕が君の傍を厭うはずがない」
はっきりと言い切ったブルーに、思わず吹き出しながらぎゅっと抱き締めた。
「ぼくの役目につき合わせて、ごめんね。大好きだよ、ブルー」
だから下僕だなんて、言わないで。
そう囁けば、背中に回されていたブルーの腕に力が込められた。
「君が嫌がるのなら、もう言わないよ。君の傍にいることが許されたのは、君の血を受けたからだが、君の傍にあるのは僕の意思だ。君に血を飲まれることを望んだ、僕の」
優しい声をききながら、白い首筋に顔を埋めて、ジョミーは目を閉じた。
ぼくはもう、小鳥のところには行けないだろう。
けれど寂しくはない。
両親を助け出すために、悠久の時を共に生きることさえ望んでくれた人が、ここにいるから。
No.79 永遠の刻4
Category : 小話・短文
う、嘘つきが通りますよ~。
ということで結局、前中後編どころか5話になりましたorz
詰めればここで終われないこともなかったんですが、ブルーとの血の契約だけで区切っちゃったほうがいいかと思い直したので、ここは他よりは短め。
普通に短編としてサイトに上げればよかったんじゃ、とか今頃思いました。遅い。
「い………やだっ!」
首に掛かった白い手より、青年の顔に抵抗した手が向かったのは本能だったのかもしれない。
無茶苦茶に振り回したジョミーの手を避けて、青年の力が緩む。
逃げ出そうとする刹那、ジョミーを再び捉えようとした青年の爪がジョミーの腕を傷つけた。
「つ……っ」
鋭い痛みが走った腕を押さえると、指の間から赤い鮮血が滴り落ちる。
青年の手の爪が、昼間の男と同じように鋭く伸びてジョミーに向けられた。
「僕たちはぐれ神魔を狩る監視者を、復活させるわけにはいかない」
だがジョミーの目は青年には向いていない。
赤い雫が白いシーツへと落ちて、染みを造る。激しく鼓動がジョミーの胸を打った。
―――血。ぼくの……赤い、紅い、あかい……。
一時だけ忘れていた喉の渇きが甦る。
今までのような渇きとは比較にならない。まるで荒野の砂のように、身体中が干上がったかのような、激しい渇きが喉を焼く。
この渇きは水では癒えない。冷たい氷でも、熱い湯でもだめだ。
暖かい、人の肌と同じ暖かさの。
顔を上げる。目の前には、芳しい芳香を放つ獲物がいる。
ジョミーの目に映る青年の目が大きく見開かれた。
「ジョミー……!君はっ」
逃げようとしていたはずのジョミーから手を伸ばし、青年の首に絡めるように巻きつける。
赤い瞳は、恐怖なのかそれとも他の何かにか、激しく揺らめいていた。
だがその視線が外されることも、ジョミーが突き飛ばされることもない。
「あなたの、血を……ください」
吐息が掛かるほどの距離まで近付いたジョミーの背後で、青年の手が上がったことは知っていた。
それでも、その爪が自分に振り下ろされることがないことを確信しているかのように、ジョミーは白い首へと顔を埋めた。
牙がゆっくりと音を立てて、白い肌を突き破る。
赤い、甘い、どろりとした温かなものがジョミーの口へと広がって、焼け付くような渇きを癒して行く。
ジョミーの体内を巡り、熱を分けて満たすように、それとも熱を奪い凍えさせているように、激しい変化を与えた。
うっとりと極上の甘露に酔いしれていたジョミーは、その身体が僅かに傾いだところで、ようやく牙を獲物から離した。
「……ブルー」
血と共に流れ込んできた記憶の断片。
その名を呼ぶと、白い肌がますます白くなった青年、ブルーの頬に手を添える。
「ぼくの初めての獲物……初めての……ひと……」
「ジョミー……僕の爪が、目覚めさせて……しまった、のか……」
その頬に両手を添えて、苦しげに細められた赤い瞳を見つめながらもう一度顔を寄せる。
ブルーは今度も逃げなかった。その手は、ブルーからも抱き寄せるようにジョミーの背中に回る。
「………これが、僕の本当の望みだったのかもしれない……」
ジョミーは小さく笑って頷いた。
「あなたには、ぼくの血を分けてあげる。だからずっと傍にいて」
「君の望みのままに。ジョミー、僕は初めて君を見たときから……」
掠れるような囁きは、重ねられた唇からジョミーの中だけへ伝わる。
部屋の時計が、日を改めジョミーが14歳になったことを告げた。
はっとジョミーが正気に戻ったとき、その華奢な身体は銀の髪の青年に委ねられていた。
「あっ……!ぼ、ぼくっ」
その胸に手をついて、慌てて身体を起こす。
急に離れてしまったジョミーに目を瞬いて、空になった腕の中にブルーが眉を下げる。
「ジョミー」
「ぼく……今………っ」
自分の血を見たときから、まるで熱に浮かされているような、夢の中のようなふわふわとした感覚の中にいた。だがすべて覚えている。
震える手で唇を押さえると、口に広がったものが指をぬるりと濡らした。
怯えながら目を向けた指先は、赤い血に染まっている。
「ひ……っ!」
口の中に広がるのは確かに目の前の青年の、ブルーの血なのに、その少し喉に絡む水とは違う液体が、何よりもジョミーを潤していた。
その事実が恐ろしい。
「ぼくは……っ」
「ジョミー、君はヴァンパイアの血族だ。血でなければその喉の渇きは癒えない」
「そ……んなっ」
「心配しないで。僕が君のためにいつでも血を用意してあげる。君の血を受けた僕は君の下僕だ」
「いらないよ!血なんて欲しくないっ」
優しく微笑み、髪に指を絡めながら恐ろしいことを口にするブルーを思い切り突き飛ばす。
「ジョミー!」
伸ばされた手をすり抜けるように避けて部屋を飛び出そうと扉を開けたその向こうは、赤と黒だけの果ての見えない空間だった。
ということで結局、前中後編どころか5話になりましたorz
詰めればここで終われないこともなかったんですが、ブルーとの血の契約だけで区切っちゃったほうがいいかと思い直したので、ここは他よりは短め。
普通に短編としてサイトに上げればよかったんじゃ、とか今頃思いました。遅い。
「い………やだっ!」
首に掛かった白い手より、青年の顔に抵抗した手が向かったのは本能だったのかもしれない。
無茶苦茶に振り回したジョミーの手を避けて、青年の力が緩む。
逃げ出そうとする刹那、ジョミーを再び捉えようとした青年の爪がジョミーの腕を傷つけた。
「つ……っ」
鋭い痛みが走った腕を押さえると、指の間から赤い鮮血が滴り落ちる。
青年の手の爪が、昼間の男と同じように鋭く伸びてジョミーに向けられた。
「僕たちはぐれ神魔を狩る監視者を、復活させるわけにはいかない」
だがジョミーの目は青年には向いていない。
赤い雫が白いシーツへと落ちて、染みを造る。激しく鼓動がジョミーの胸を打った。
―――血。ぼくの……赤い、紅い、あかい……。
一時だけ忘れていた喉の渇きが甦る。
今までのような渇きとは比較にならない。まるで荒野の砂のように、身体中が干上がったかのような、激しい渇きが喉を焼く。
この渇きは水では癒えない。冷たい氷でも、熱い湯でもだめだ。
暖かい、人の肌と同じ暖かさの。
顔を上げる。目の前には、芳しい芳香を放つ獲物がいる。
ジョミーの目に映る青年の目が大きく見開かれた。
「ジョミー……!君はっ」
逃げようとしていたはずのジョミーから手を伸ばし、青年の首に絡めるように巻きつける。
赤い瞳は、恐怖なのかそれとも他の何かにか、激しく揺らめいていた。
だがその視線が外されることも、ジョミーが突き飛ばされることもない。
「あなたの、血を……ください」
吐息が掛かるほどの距離まで近付いたジョミーの背後で、青年の手が上がったことは知っていた。
それでも、その爪が自分に振り下ろされることがないことを確信しているかのように、ジョミーは白い首へと顔を埋めた。
牙がゆっくりと音を立てて、白い肌を突き破る。
赤い、甘い、どろりとした温かなものがジョミーの口へと広がって、焼け付くような渇きを癒して行く。
ジョミーの体内を巡り、熱を分けて満たすように、それとも熱を奪い凍えさせているように、激しい変化を与えた。
うっとりと極上の甘露に酔いしれていたジョミーは、その身体が僅かに傾いだところで、ようやく牙を獲物から離した。
「……ブルー」
血と共に流れ込んできた記憶の断片。
その名を呼ぶと、白い肌がますます白くなった青年、ブルーの頬に手を添える。
「ぼくの初めての獲物……初めての……ひと……」
「ジョミー……僕の爪が、目覚めさせて……しまった、のか……」
その頬に両手を添えて、苦しげに細められた赤い瞳を見つめながらもう一度顔を寄せる。
ブルーは今度も逃げなかった。その手は、ブルーからも抱き寄せるようにジョミーの背中に回る。
「………これが、僕の本当の望みだったのかもしれない……」
ジョミーは小さく笑って頷いた。
「あなたには、ぼくの血を分けてあげる。だからずっと傍にいて」
「君の望みのままに。ジョミー、僕は初めて君を見たときから……」
掠れるような囁きは、重ねられた唇からジョミーの中だけへ伝わる。
部屋の時計が、日を改めジョミーが14歳になったことを告げた。
はっとジョミーが正気に戻ったとき、その華奢な身体は銀の髪の青年に委ねられていた。
「あっ……!ぼ、ぼくっ」
その胸に手をついて、慌てて身体を起こす。
急に離れてしまったジョミーに目を瞬いて、空になった腕の中にブルーが眉を下げる。
「ジョミー」
「ぼく……今………っ」
自分の血を見たときから、まるで熱に浮かされているような、夢の中のようなふわふわとした感覚の中にいた。だがすべて覚えている。
震える手で唇を押さえると、口に広がったものが指をぬるりと濡らした。
怯えながら目を向けた指先は、赤い血に染まっている。
「ひ……っ!」
口の中に広がるのは確かに目の前の青年の、ブルーの血なのに、その少し喉に絡む水とは違う液体が、何よりもジョミーを潤していた。
その事実が恐ろしい。
「ぼくは……っ」
「ジョミー、君はヴァンパイアの血族だ。血でなければその喉の渇きは癒えない」
「そ……んなっ」
「心配しないで。僕が君のためにいつでも血を用意してあげる。君の血を受けた僕は君の下僕だ」
「いらないよ!血なんて欲しくないっ」
優しく微笑み、髪に指を絡めながら恐ろしいことを口にするブルーを思い切り突き飛ばす。
「ジョミー!」
伸ばされた手をすり抜けるように避けて部屋を飛び出そうと扉を開けたその向こうは、赤と黒だけの果ての見えない空間だった。