日々の呟きとか小ネタとか。
現在は転生話が中心…かと。
No.89 ゼンマイ仕掛け
Category : 小話・短文
最近パラレルぱっかりだったので、久々にソルジャーな二人で。
……と思ったのですが、すごい暗い話になりました。ブルーが非常に後ろ向き。ご注意。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
ぎこちない動きで、ブリキの玩具が両腕を動かす。
それを輝く瞳で見つめる子供。
やがて玩具はゼンマイが壊れ、忘れられる。
目を覚ますと、ほの暗いいつもの見飽きた部屋の天井が映る。
ブルーは起き上がろうとベッドに肘をついて。
身体を起こすことも出来ずにベッドに沈んだ。
溜息が漏れる。
久々に昔の夢を見た。
このシャングリラに来てからではない。アルタミラ時代のつらく忌まわしい記憶でもない。
もうほとんど白紙に近い、ミュウとして目覚めた切っ掛けの成人検査を受けるより、その前の記憶だ。三百年という月日の中で、わずか十四年にも満たない期間とはいえ、それなりにあってしかるべき記憶は、そのほとんどが消去され、まるで壊れたレコードのように、短い断片を繰り返すことしかできない。
「ブリキの玩具……ゼンマイ……」
滑稽なことに、両親、生家、友達、それらの人々のこと、それらの人々と過ごした大切だったであろう日々は虫食いの酷い書籍のように二度と復元もできないほどに壊されたのに、誰から貰ったのかも分からない、壊れかけたブリキの玩具のゼンマイを巻くシーンだけは繰り返し再生される。
滑稽だ。だがテラズナンバーを作った者の思惑を思えば、その記憶が大切であればあるほど、その人格を形成するために必要なものであればあるほど、それを消去するだろうから不思議でもない。
ゼンマイを巻いても動かなくなった玩具は、打ち捨てられ、やがて忘れ去られた。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻いても、動かなくなったことまで覚えてる。
なのにその玩具が、最期はどうなったのかをまるで覚えていない。
これは消された記憶の中にあったというよりも、ブルー自身がまるで覚えていないのだろうと、なんとなく確信できてしまう。
直されることも、捨てられることすらなく。
忘れられたのだ、あの玩具は。
部屋と空間を仕切っていたカーテンが揺れる。
「ブルー」
目を向けると、まだ幼さを残す少年が顔を覗かせて、表情を輝かせる。
「起きていたんですか?気分は悪くないですか?何か欲しいものとかありますか?あ、ドクターを呼んできたほうがいいのかな」
嬉しそうにベッドの傍らに膝をつき、シーツに両手をついて身を乗り出した少年は、水を指差したり振り返ったりと忙しい。
ブルーは思わず小さく吹き出して、シーツの波間から僅かに手を上げた。
「ジョミー、落ち着いて。ドクターは呼ばなくてもいい」
声を出すと、思った以上に喉が渇いていて、ひりつくように痛かった。掠れた声に、ジョミーは勢いよくベッドに乗り出していた身体を起こす。
「喉が痛いの!?すぐにドクターを……っ」
「ちがう……」
制止しようとした声がまた割れて、ブルーはジョミーの手を掴んだ。
『喉が渇いているだけだ。ドクターより水をくれないか、ジョミー』
声を出すとジョミーがうろたえると思念で伝えると、少年は半信半疑の様子でベッドサイドの水差しからグラスに移して、そこではたと止まった。
水を飲むには横たわったままでは支障がある。けれどブルーを助け起こすためには片手がグラスで塞がっている。
早く水を飲ませてあげなくてはと慌てているジョミーが、グラスを一旦テーブルに戻すという選択肢を忘れていることに、ブルーは苦笑を漏らした。
『ジョミー、器は君で』
そう伝えてみると、初め意味のわからなかったらしいジョミーはきょとんと目を瞬いた。
にこりと笑みを見せるブルーに、ようやく察したらしい。みるみるうちの頬を赤く染める。
「あ、あなたって人はっ!」
『喉が渇いたよ、ジョミー』
わざとらしく詰るような弱々しい渇いた咳を一度出すと、ジョミーは頬を膨らませたあと、結局さして迷うこともなくグラスに口をつけた。
少量を口に含むと、ベッドに手をついて身を乗り出す。
顔の横の枕がジョミーに押されて沈む感覚が、やけに生々しかった。
温かな唇が重なり、冷たい水が滑り込んでくる。
自覚していたよりも渇いていたのか、一口の水がまるで身体の底にまで染み渡るようだった。
ジョミーは身体を起こすと、再び水を口に含み同じことを繰り返す。
数度に渡る水の供給に、そろそろいいかとジョミーが考えていることが伝わった。ブルーは目を細めて流し込まれる水に逆らって薄く開いていたその口内へ舌を捻じ込む。
「んっ!」
急に行動に移されたことに、ジョミーは驚いたように跳ね起きた。お陰で水はブルーの口へ正しく移されず、その頬を濡らす。
「ジョミー」
「だって!今のはあなたが悪い!」
「水と一緒に君の愛情が欲しいと思っただけなのだがね。とにかく何か拭くものを取ってくれないか」
「はいはい」
ジョミーは諦めたように肩を落として、テーブルに手を伸ばす。グラスを置きながら、代わりにタオルを手にして、小さく小さく呟いた。
「愛情なら、たっぷりあげてたのに……」
「渇いていると、貪欲でね。足りないと言ったら怒るかい?」
「聞いてたの!?」
「聞えたんだよ」
軽く応えると、ジョミーはむっと頬を膨らませながら、濡れたブルーの頬と、枕を拭う。
「それで」
「ん?」
「どうしたら、ブルーの渇きは収まるの?」
膨れていたのは怒ったのではなく、ただの照れ隠しだ。
「さあ……どうすればいいのか、君が色々試してくれないか」
頬を撫でる優しい指先に、ブルーは目を細めて微笑んだ。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
壊れかけた身体は、少年の手によって、命を吹き込まれる。
願わくば。
直せなくなったそのときは、うち捨てて欲しい。
どうか、忘却の彼方へと消さないでくれと。
玩具の去就を忘れた身で、それでも願う。
「ゼンマイ仕掛け」
配布元:Seventh Heaven
……と思ったのですが、すごい暗い話になりました。ブルーが非常に後ろ向き。ご注意。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
ぎこちない動きで、ブリキの玩具が両腕を動かす。
それを輝く瞳で見つめる子供。
やがて玩具はゼンマイが壊れ、忘れられる。
目を覚ますと、ほの暗いいつもの見飽きた部屋の天井が映る。
ブルーは起き上がろうとベッドに肘をついて。
身体を起こすことも出来ずにベッドに沈んだ。
溜息が漏れる。
久々に昔の夢を見た。
このシャングリラに来てからではない。アルタミラ時代のつらく忌まわしい記憶でもない。
もうほとんど白紙に近い、ミュウとして目覚めた切っ掛けの成人検査を受けるより、その前の記憶だ。三百年という月日の中で、わずか十四年にも満たない期間とはいえ、それなりにあってしかるべき記憶は、そのほとんどが消去され、まるで壊れたレコードのように、短い断片を繰り返すことしかできない。
「ブリキの玩具……ゼンマイ……」
滑稽なことに、両親、生家、友達、それらの人々のこと、それらの人々と過ごした大切だったであろう日々は虫食いの酷い書籍のように二度と復元もできないほどに壊されたのに、誰から貰ったのかも分からない、壊れかけたブリキの玩具のゼンマイを巻くシーンだけは繰り返し再生される。
滑稽だ。だがテラズナンバーを作った者の思惑を思えば、その記憶が大切であればあるほど、その人格を形成するために必要なものであればあるほど、それを消去するだろうから不思議でもない。
ゼンマイを巻いても動かなくなった玩具は、打ち捨てられ、やがて忘れ去られた。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻いても、動かなくなったことまで覚えてる。
なのにその玩具が、最期はどうなったのかをまるで覚えていない。
これは消された記憶の中にあったというよりも、ブルー自身がまるで覚えていないのだろうと、なんとなく確信できてしまう。
直されることも、捨てられることすらなく。
忘れられたのだ、あの玩具は。
部屋と空間を仕切っていたカーテンが揺れる。
「ブルー」
目を向けると、まだ幼さを残す少年が顔を覗かせて、表情を輝かせる。
「起きていたんですか?気分は悪くないですか?何か欲しいものとかありますか?あ、ドクターを呼んできたほうがいいのかな」
嬉しそうにベッドの傍らに膝をつき、シーツに両手をついて身を乗り出した少年は、水を指差したり振り返ったりと忙しい。
ブルーは思わず小さく吹き出して、シーツの波間から僅かに手を上げた。
「ジョミー、落ち着いて。ドクターは呼ばなくてもいい」
声を出すと、思った以上に喉が渇いていて、ひりつくように痛かった。掠れた声に、ジョミーは勢いよくベッドに乗り出していた身体を起こす。
「喉が痛いの!?すぐにドクターを……っ」
「ちがう……」
制止しようとした声がまた割れて、ブルーはジョミーの手を掴んだ。
『喉が渇いているだけだ。ドクターより水をくれないか、ジョミー』
声を出すとジョミーがうろたえると思念で伝えると、少年は半信半疑の様子でベッドサイドの水差しからグラスに移して、そこではたと止まった。
水を飲むには横たわったままでは支障がある。けれどブルーを助け起こすためには片手がグラスで塞がっている。
早く水を飲ませてあげなくてはと慌てているジョミーが、グラスを一旦テーブルに戻すという選択肢を忘れていることに、ブルーは苦笑を漏らした。
『ジョミー、器は君で』
そう伝えてみると、初め意味のわからなかったらしいジョミーはきょとんと目を瞬いた。
にこりと笑みを見せるブルーに、ようやく察したらしい。みるみるうちの頬を赤く染める。
「あ、あなたって人はっ!」
『喉が渇いたよ、ジョミー』
わざとらしく詰るような弱々しい渇いた咳を一度出すと、ジョミーは頬を膨らませたあと、結局さして迷うこともなくグラスに口をつけた。
少量を口に含むと、ベッドに手をついて身を乗り出す。
顔の横の枕がジョミーに押されて沈む感覚が、やけに生々しかった。
温かな唇が重なり、冷たい水が滑り込んでくる。
自覚していたよりも渇いていたのか、一口の水がまるで身体の底にまで染み渡るようだった。
ジョミーは身体を起こすと、再び水を口に含み同じことを繰り返す。
数度に渡る水の供給に、そろそろいいかとジョミーが考えていることが伝わった。ブルーは目を細めて流し込まれる水に逆らって薄く開いていたその口内へ舌を捻じ込む。
「んっ!」
急に行動に移されたことに、ジョミーは驚いたように跳ね起きた。お陰で水はブルーの口へ正しく移されず、その頬を濡らす。
「ジョミー」
「だって!今のはあなたが悪い!」
「水と一緒に君の愛情が欲しいと思っただけなのだがね。とにかく何か拭くものを取ってくれないか」
「はいはい」
ジョミーは諦めたように肩を落として、テーブルに手を伸ばす。グラスを置きながら、代わりにタオルを手にして、小さく小さく呟いた。
「愛情なら、たっぷりあげてたのに……」
「渇いていると、貪欲でね。足りないと言ったら怒るかい?」
「聞いてたの!?」
「聞えたんだよ」
軽く応えると、ジョミーはむっと頬を膨らませながら、濡れたブルーの頬と、枕を拭う。
「それで」
「ん?」
「どうしたら、ブルーの渇きは収まるの?」
膨れていたのは怒ったのではなく、ただの照れ隠しだ。
「さあ……どうすればいいのか、君が色々試してくれないか」
頬を撫でる優しい指先に、ブルーは目を細めて微笑んだ。
キリキリキリキリ。
ゼンマイを巻く。
壊れかけた身体は、少年の手によって、命を吹き込まれる。
願わくば。
直せなくなったそのときは、うち捨てて欲しい。
どうか、忘却の彼方へと消さないでくれと。
玩具の去就を忘れた身で、それでも願う。
「ゼンマイ仕掛け」
配布元:Seventh Heaven
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