パラレルのパラレル(苦笑)、転生話のバレンタイン後編。
こちらはブルーの視点です。素直でない人……。
「今年はいくつポストに入っていましたか?」
友人はおはようの挨拶の代わりに、顔を合わせた途端、そう言った。
「知らない」
「また無視したんですか?」
「無視も何も。入ってたなら母さんが処理しただろ」
朝のブルーが眠気の残る気だるさに不機嫌なのはいつものことなので、素っ気ない答えでもリオは気を悪くすることもなく肩を竦めるだけだった。
「では、教室の机がどうなってるか楽しみですねえ」
「迷惑だ。勝手に押し付けるくせに、捨てたら酷いと喚く」
「その場で捨てるからですよ」
「後で捨てるなら持って帰るのが面倒だ」
こんな迷惑な行事なくなればいいと思いながら、ふと鮮やかな金色の髪を揺らして明るい笑顔で手を振る少女が脳裡に浮かぶ。
ブルーはすぐに首を振って重く息を吐き出した。
「あ……」
隣を歩いていたリオが小さな声を上げて立ち止まり、思考を他所へ飛ばしていたブルーが前を見ると、ちょうどその姿を思い浮かべた少女が視界に飛び込んでくる。
……隣を歩く友人に、可愛らしい包みを渡してる姿が。
「ブルー!リオ!おはよう!」
後ろにいたブルーたちに真っ先に気づいたのはジョミーだった。
屈託のない笑顔で手を振りながら声を掛けてくるその姿に、ブルーはいつの間にか止めていた足を進める。
「ああ……おはよう」
心なしか声が低く出た。隣で何か言いげな目を向けてくるリオにも無性に腹が立つ。
ジョミーが誰かにチョコレートを渡したくらい、一体なんだというのか。どうせ義理のものだろうと、ブルーは甘い物が苦手だから関係もない。
ブルーたちが追いつくのを待っていたジョミーは、クラスメイトが持っていた徳用菓子の大きな袋を手にして、それをリオに差し出した。
「はい、リオ。取って」
「え………」
いきなり黒い粒の菓子を差し出されたリオは、当然ながら戸惑う。
前置きもないジョミー、シロエが溜息をついた。
「それ、バレンタインの義理チョコだそうですよ。今ちょうどぼくらも貰ったところです」
「……これが、義理チョコ……ですか……」
リオは複雑そうな表情で呟いて、サムの手にある綺麗なセロファンで作られたバレンタインカードのついた袋を見て、そしてブルーに一瞬だけ目を向けた。
その視線にブルーはまた僅かに機嫌を下降させたが、サムは何かを誤解したらしい。
「あー……色気も素っ気もなくて、困った奴でしょう。こいつ毎年手抜きなんですよ」
「……毎年、ね……」
ブルーは我知らずサムの手にある包みに目を向けたが、その視線を断ち切るように首を振った。
「たまにはこういうチョコもいいと思いますよ?童心に帰るような気がしませんか?」
ジョミーに礼を言いながら麦チョコを手にしたリオが、そうブルーに視線を向けて勧めようとする。
ブルーは手を翳してそれを拒絶した。
「結構だ。必要ない」
にべもなく言い切ったブルーに、サムは包みを小脇にぽんと得心したように手を打つ。
「あー、ブルーさんなら高級チョコとかいっぱい貰いそうですよね」
「別に、そういうわけではない」
どうせ甘いものは嫌いだ。貰っても捨てるだけで、大体直接手渡しされるものはすべて受け取らない。
これもまた、ブルーにとっての毎年のことだ。
元からジョミーからも受け取るつもりは……。
「あ、うん。ぼくもブルーにチョコは持ってきてないよ」
リオが麦チョコを手にすると、ジョミーはその包みをあっさりと下げてしまった。
「ジョ、ジョミー!」
一瞬だけ立ち尽くしたことに気づいたのは、隣でリオが引きつった声を上げてからだった。
なぜ自失したのか。ブルーは頭を振って気を取り直す。
「それはよかった」
「うん、だってあなた甘いもの嫌いでしょう?」
にっこりと、天使のような微笑みでジョミーは麦チョコの袋を閉じて鞄に詰め込んだ。
ジョミーの義理チョコの手抜き具合を笑い話に、校門まで集団でぞろぞろと歩いた。
人と関わることが苦手なブルーだが、今年は今日という日に道を歩いていて呼び止められることが一度もなかったことに少し感心してしまった。意外な効果があったものだ。
しかし元からこんな行事がなければそんなことに感心しなくてもよかったのにと考えれば、それがプラスとも思えない。
校門を潜ると、キースたちは二年次生の教室へ向かう道へ分かれた。キースを小突きながらマツカとも何かと話しているサムの後姿を一瞥して、ブルーはすぐに視線を外した。
そうして目を背けた先で何か言たげなリオと目が合う。
「なんだ」
「いえ、別に」
首を傾げて微笑む友人のすっきりとしない態度に、ブルーは肩を竦めて手を振った。
「先に行ってくれ」
「ブルー……あの」
「何が言いたいのかは大体分からないでもないが、君の想像を押し付けるなといつも言っているだろう。先に行ってくれ」
「分かりました……あの、気を落とさないで下さいね。ジョミーはこういった行事は儀礼としか思っていないのではないかと……」
「だからそれが余計な気の回し過ぎだと言ったんだ」
ジロリと睨みつけると、リオは息を吐いて先に階段を登っていった。
別に、本当にチョコレートなどどうでもいい。元より甘い物は嫌いだ。自分の意思では一度も受け取ったこともない。
ただ、いつもならこちらの話なんて聞きもしない強引なジョミーにしては、珍しい気の回し方だと思っただけだ。
いつものジョミーなら。
「ブルー」
ちょうど思い浮かべていたところに声を掛けられて驚いて振り返ると、先ほど別れたはずのジョミーが肩に掛けていた鞄を腕に抱いて、小走りに駆け寄ってきた。
「ブルー、ちょっと待って、渡したいものが」
足を止めて身体ごと振り返ると、すぐ傍まで駆けて来たジョミーは、辺りを見回して人目がないことを確認してから、鞄から包みを取り出す。
「これ、受け取ってください」
薄いグリーンの半透明紙は折り畳んで口を止めただけの簡素な包み方だったが、それだけにそれがジョミーの手で包んだものなのだと分かる。
その中には、何かスティック状のお菓子のようなものが見えた。
「……これは」
「あの、だってあなたは甘いもの嫌いでしょう?だから、チーズ味のお菓子にしてみたんです。これなら塩気のお菓子だから……ぼ、ぼくアルテラと違ってお菓子なんて作ったことなかったから形とか悪いけど、でも味は大丈夫だったから……えっと…」
「作ったことがない……」
ジョミーの自己申告の言葉を肯定するように、確かに半透明の包みから透けて見えるスティックの形は少々、歪だ。
「では、僕と先ほどの君の友人が初の実験台ということか」
「え、友人?」
きょとんと首を傾げるジョミーに、ブルーは視線で促すように、階段の方へと目を向ける。
「サムとかいう、君の友人」
「サム?サムにはぼく、麦チョコしか……あ、ああ、サムが持ってたのはアルテラからものです」
「……君の……妹の?」
「そうです。毎年ぼくがサムの分は届けるんですよ」
呆然と目を瞬くブルーに、ジョミーは居心地が悪そうに肩を揺すって僅かに俯く。
「それで……えっと、その……」
そうして、下から覗くようにちらりと視線を向けてくるジョミーに、精々重々しく頷いた。
「せっかく僕に合わせて作ったというのなら、貰わないでもない。もったいないからね」
ブルーは妙に気持ちが軽くなった思いで、仕方がないという風な溜息をつきながらジョミーの手から包みを受け取る。
「ありがとうございます」
安堵したように、胸を撫で下ろして笑顔を見せたジョミーに、ブルーも自然を笑みを返していた。