さくっと更新できなかった……orz
書いてる途中で意識がオチてました。あわわ……変なところで記事投下してなくてよかった……。
目次
夢はあくまで夢であって、この状態とは何の関わりもない……はずだ。
今朝はジョミーの迎えを断わり、病院へ行って新たな鎮痛薬を処方してもらったものの、いまだ薬を飲んでいないにも関わらず、痛みは耐えられないほどではない。
薬と相性の悪いブルーにとって、飲まずにすむなら薬など飲みたくもないものなのでそれは構わないのだが、昨日の夢が妙に気に掛かって仕方がない。
ブルーはなんともすっきりとしない心境のままに、正当な理由で遅刻した校門の前で学生証を取り出して、所定の差込口を通過させた。
『チェックします。カメラの正面に立ち、名前と遅刻理由をどうぞ』
映像が出た校門のモニターに、ブルーは僅かに息を吐いた。
「ブルー・イリアッド。病院へ寄っていたために遅れました」
『網膜パターン照合クリア。通行を許可します』
重厚な門扉が音を立てて開いて行く。
生徒の安全のため、学校の敷地内のおける自治権を保持するために、こうして予定外の時間の通行者はすべてチェックを受けなければならない。そういう些細なチェックも、ブルーは好きではない。
面倒だからではなく、この嫌悪感はESP検査に向けるそれに近い。
「つまりは、機械が気に食わないのでしょう」
とはあの気さくな友人の言だ。僕もあまりチェックは好きではありませんけどね、と付け足して。
恐らくそういうことなのだろう。
人が嫌いでミュウが嫌いで機械が嫌い。とんだ我侭だ。抵抗なく許容できることのほうが少ないのではないだろうかと、我ながら訝るほどに。
ちょうど次の授業の準備時間に到着したらしく、ブルーは喧騒の正面玄関に足を踏み入れた。
本館と別館を繋ぐ連絡口にもなる場所に人がいることは当然のことだが、その中の声から、一つの名前を拾ってしまう。
「おいジョミー、急げよ!」
ジョミーなんて名前は珍しくもないが、ブルーがつい上を見上げると、教科書を小脇に抱えた一年次生が階段の半ばで振り返っているようだった。
「トイレに寄ってくから先に行ってていいよ」
まだ姿は見えないが、聞えてきたのはあのお節介な少年のものに違いない。
見つかれば遅刻理由を知っているだけに、また大丈夫かとか薬はどうなったとかを聞いてくるだろう。面倒だし、それ以上に彼の夢なんてものを見てしまったことが頭の端に引っ掛かり、ブルーはつい柱に身体を寄せるようにして隠れてしまう。
「なんだよ、腹でも痛いのか?早くしないと次の授業に遅刻するぞ」
「分かってるって」
ジョミーの友人らしき生徒は先に一人で階段を下りて、別館へ向けて駆けて行く。
トイレに行くなら、その間に階段を抜けられるだろうと身を寄せていた柱から無防備に離れると、階段の影から金色の光が見えた。
「ブルー!……先輩。もう登校できたんですか?病院に行ったって大丈夫ですか?」
避けたはずなのに、正面から見つかってしまった。
溜息をつくブルーに気づいた様子もなく、ジョミーは急いで駆けてくる。
ふと、その動きが少々気になった。ジョミーの表情はどこまでもブルーの心配しかしていないが、動きがどこかを庇っているような気がする。
「……トイレに寄るんじゃなかったのか?」
ブルーに触れそうになった指先が、ぴくりと震えて止まった。
「聞いてたの?」
なにか気まずいことでもあるのかと思った矢先、ジョミーは恥かしそうに頬を染めて唇を尖らせた。
「お腹が痛いのって波あるし、平気です」
トイレに行くだなんて大声で叫んだことを指摘されて恥かしかったのだろう。ましてジョミーは思春期真っ只中と言ってもいい歳だ。言わずもがなのことを訊ねたブルーは、珍しく素直にジョミーに申し訳ない気分になった。
「ぼくのことはいいんです!それよりあなたはどうだったんですか?」
「別に。新しい薬をもらってきた」
「眠気とか副作用は?」
「今は痛みがあまりなくて、まだ飲んでいない」
少し拗ねた様子だったジョミーは、痛みが少ないと聞いた途端に我がことにように喜んで手を打った。
「そう!よかった。薬がなくてもいいくらいには痛くないんですね。でも無理しないで下さいね。治ったわけじゃないんだから」
「分かっている―――」
ふと、まるで昨夜のような会話だと言葉が途切れた。正しくは、昨日見た夢の中会話のよう、だ。
痛みを誤魔化した……そう言ったのは彼だが。
「でも教室までは鞄を運びたいところなんですけど……」
ブルーを伺うように下から覗きこみながら、ついと細い指が伸びてきて、ブルーはそれを掴んだ。
「授業に遅れる。君は移動教室へ行け」
「はい。それじゃあ、また後で」
さすがにここでまでごねることはなく、ブルーが手を離すとジョミーは素直に別館へ向かって歩き去った。時間がないのに走らないとは随分と余裕だ。
「細い手だな……」
見た目から分かっていたことだが、直接触れるとまた驚いてしまう。あんな手に鞄を持たせているのかと思うと、自然に眉が寄った。
「違う。僕は気が済むようにと付き合ってるだけだ」
首を振小さな背中が別館に消えるのを見送って、自分も教室へ向かおうと振り返ったところで、再び数少ない顔見知りが階段を降りてきた。
ブルーも相手も、特にいちいち挨拶するような間柄ではなかったので、そのまま無視をしようと思っていたのに、珍しく呼び止められる。
「おい、ブルー。ちょうどいいところにいた」
「なんだい。もうすぐ君も次の授業があるだろう」
「お前は今日もジョミーと会うのだろう?ちょうどいい、これを渡しておいてくれ」
差し出されたのは、ローラースケートの靴だった。しかも片方だけ。
「忘れ物だ」
「直接渡せばいいだろう」
面倒だと渋れば、キースも渋い表情を見せて、断ったというのに更に靴をブルーに押し付けてくる。
「そこに確実に会う人間がいるのに、僕まで行く必要もあるまい」
合理的なキースらしい答えだが、どうにもその表情はすっきりしない。
僅かに眉を寄せていたキースは、ブルーの視線に気づいたのかやがて咳払いをした。
「……喧嘩をした」
「彼とか?それで気まずくて僕を使おうと?情けない!」
「なんとでも言え。それに気まずいわけではなく、こちらも奴の顔を見ると腹立たしいから会いたくないんだ」
「へえ、なるほど。けれど僕には関係のない話だ」
「これを投げつけられた」
「……これ?」
キースが差し出していた靴を揺らして、ブルーは思わず目を張った。本当だとすれば、随分危険な行為だ。
「サムに預けようかと思ったが、喧嘩などと彼に心配をかけることは本意ではない。こんなときに限ってマツカも捕まらん」
「だからって僕に渡すな」
「お前には注意しておきたかったことがあったからだ」
「またか……」
去年一年でキースにはなんど苦言を受けたことか。しかし今回はまるで心当たりがない。
眉を寄せるブルーに、ぐいぐいと靴を押し付けながらキースは肩を竦める。
「どうも奴は胸部を痛めているらしい。お前に言わないくらいだから大したことはないのかもしれんが、あまり無茶はさせるなよ」
「僕がいつ無理をさせた。あれは勝手に―――」
ブルーの責任のように言われるのは心外だと抗議しかけた意識に、不意に引っ掛かった。
「胸部?腹部ではなくて?」
「胸だろう。押さえていたのがお前と同じ、そこだった。あくまで違うと言い切る本人に、見せろと言ったらそれを投げられた」
「……見せろって、どこで?」
「ここだ」
キースは何でもないことにように床を指差したが、ここは正面玄関だ。いくらなんでもこんなところで服を肌蹴ろなんて、それはジョミーでなくても嫌がるだろう。さすがにスケート靴を投げつけたのは危険だが。
呆れているうちに、手に強く靴の一端を捻じ込まれた。つい反射で指が握ってしまう。
「とにかく、任せた」
キースはその隙に手を離し、ブルーが靴を落とさずにいたことを確認すると、さっさと身を翻してしまう。
「なっ……ちょっと待て!」
靴を握らされた方ではない左手でキースを掴もうとしたが、僅かに指先が届かずキースは素早く階段を登っていく。
「待て、キース!」
「とにかく、あまり無茶はさせるな」
気まずさから逃げているやつに言われるようなことではない。
不愉快に眉を寄せたブルーは、さっさと逃げ出したキースに舌打ちをしながら、ふと思い返した言葉に気を引かれた。
「……僕と同じ箇所を傷めているって……?」
偶然同じときに、偶然同じ箇所を、偶然顔見知りが怪我をする。
そんな偶然、珍しいどころではない。
ブルーは思わずローラースケートを片手に、別館へ首を廻らせた。
……夢は、夢のはず。
キース……自業自得とはいえ……ご愁傷様(^^;)
目次
その朝キースは教室の窓から、何気なく校庭に目を向けた。
朝の登校時間が終わり校門が閉まる合図のチャイムを聞きながら、今日も遅刻寸前の生徒たちが必死に走っているが、なぜあともう少し早く起きないのだろうと呆れるばかりだ。
「その閉門待ったーっ!」
そんな中、機械仕掛けで閉まって行く門に向かって叫んだ声が聞こえて、思わず額を押さえた。
人通りの少なくなった通学路を、同じく遅刻寸前の者たちを華麗に避けながら、ローラースケートで滑走する人物を知っていたからだ。
「ジョミー……」
溜息をついたキースの横から、ひょいと校庭を覗いたサムもまた溜息をつく。それはキースほど重くはなく、仕方のない友人を苦笑いするようなものではあったけれど。
「あーあー、早速遅刻寸前かよ。けど、今日は先輩はどうしたんだろう」
「大方寝過ごしてそれどころではなかったのではないか?」
「お迎え二日目にして迎えに行けずか……ジョミーらしいなあ」
そう言いながら、心なしか楽しそうな友人にキースは眉をひそめる。
「ジョミーはそんなに遅刻の常習者なのか?」
「あいつ、朝に弱いんだよ。低血圧だって」
「低血圧と目覚めの悪さの関連は医学的根拠が薄い。夜に眠る時間が遅いなど本当の理由が別にあるのだろう」
「あー、それな、アルテラが不思議がってたな」
聞き覚えのない名前と、今の話のどこが不思議なのかと、どちらを先に聞くべきかと考えているうちに、校庭では門が完全に閉ざされていた。
「おー、間に合った」
感心するサムの視線を追って校庭に目を向けると、閉門ぎりぎりに滑り込んだらしいジョミーが教師に掴まっていた。危険な駆け込み登校を注意されているのだろう。閉ざされた門の向こうの遅刻者たちも記録を取られているが、恐らくジョミーも違う名目で記録を取られるに違いない。
「やれやれ、馬鹿だなー」
窓を開けたサムが息を吸い込んだところで、階下から声が上がった。
「遅刻回避おめでとう、ジョミー!」
「それでもって二度目のチェックおめでとう!」
「うるさいなっ!拍手するなっ」
斜め下に位置する窓を見下ろすと、数人の男子生徒が窓から身を乗り出してはやし立てていた。おそらくクラスメイトだろう。
「相変わらず男友達ばっかだな、あいつ」
キースは苦笑しながら肩を竦めるサムを見上げて、校庭で拳を振り上げるジョミーを見下ろす。
「それがどうかしたのか?」
異性の友人がいてもおかしくはないが、同性の友人の方が多くても特に不思議なことはないだろう。
目を瞬くキースに、サムは「あー」と気の抜けた呟きを零しながら頭を掻いた。
「……なんだか段々面白くなってきたから、このままでもいいかな……」
「なにが……」
「ジョミー・マーキス・シン!早く教室へ入りなさいっ」
校庭で拳を振り上げていたジョミーは、後ろから教師に怒鳴りつけられて肩を竦めた。
そうして一呼吸置いて、正面玄関に向かって再び滑り始める。
ふと、その動きに違和感を覚えて席を立った。
「お!?そ、そんなに怒らなくても大した秘密じゃ……おい、どこ行くんだキース!」
楽しそうに頭を抱えたサムは、そのまま素通りしたキースに驚いて振り返る。
その不思議そうな顔を見て、キースはひとつ首を振った。
昨日から、サムは何かとジョミーの心配をしている。何も不確定な話をしてこれ以上心労をかけることもないだろう。事実がはっきりしてから話せばいい。
「すぐに戻る」
「もうすぐホームルームが始まるぞ!?」
驚くサムを後において、足早に教室を飛び出した。
どんな事情にしろ廊下を走ることは良しとはできないので、なるべく早く歩くことにする。
半ば走っているような速度で階段を駆け下りて正面玄関に辿り着くと、時間が時間だけに玄関は静かなものだった。
「い、ててて……」
そのがらんどうの空間で、壁際の傘立てに腰を掛け、引き寄せた足の踵を乗せてローラースケートの靴紐を解いたジョミーは、独り言のように小さく呟きながら眉を寄せて唇を噛み締めていた。
「やはり、どこか痛めているのか」
「うわっ!?キ、キース?」
驚いたように飛び上がったジョミーは、僅かに息を飲んで胸を押さえた。
だがすぐにスケート靴を片方脱ぎ捨てると、普通のシューズに足を通しながら首を傾げる。
「なんの話?」
僅かな変化を見逃していれば、信じてしまいそうな自然な動作だ。だがキースはジョミーが胸を押さえた一瞬を見逃してはいない。
「それよりこんな時間にこんなところにいるなんて、どうしたんだよ。もうすぐホームルームだろ」
もう一方の靴を脱ぎかけて両手が塞がっていたジョミーの腕を間をすり抜け、患部だろう胸に触れる。
「ここか?」
触れただけで分かるとは思っていなかったが、意外な手ごたえがあった。ただし、怪我とは関係のない手ごたえ。
もうすでに暖かい季節だというのにジョミーはまだかなり厚着をしているのか、僅かに柔らかいような気がした……直後、キースの手をジョミーが鋭く叩いた。
「なにするんだよ!」
ジョミーは眉を吊り上げて、胸元を掻き抱くようにして背を丸める。
「医務室へ行け。ブルーにあれだけ口うるさくしておきながら、君が不養生でどうする」
「怪我なんてしてないっ」
「なら見せてみろ」
「はぁ!?」
頭の天辺から出したかのような裏返った声を上げて両手で胸を抱き締めるジョミーに、ますます確信を深めて手を伸ばす。
どうしてこんなに意地になっているのか我ながら少々不思議ではあったけれど、サムが心配をするからはっきりさせておきたいのだろう。
キースの指先が襟元に掛かったところで、ジョミーが右手を振り上げた。
ぎょっと目を見開き慌てて首を捻ったキースの頬を掠めるように、大きなローラーが並ぶスケート靴が飛んで行った。後ろで壁にぶつかったらしい派手な音が上がる。
「なにをする!」
「こっちのセリフだ!この変態っ」
「へ……」
一応は心配して様子を見に来たというのに、随分な言われようだ。
「前にサムが言った通り、ほんっとにデリカシーがないなっ」
目元を赤く染めて殺気立った目でキースを睨み据えたジョミーは、鋭く足を振り上げた。
脛は人体の急所の一つだ。
さすがのキースも声を詰らせて、鈍い音を立てて蹴りつけられた脛を押さえて跪くのを、ジョミーは上から冷たい目で見下ろしてから身を翻す。
「くっ……き、貴様……」
「この痴漢男!」
捨て台詞まで残して、ジョミーは教室へ向かって廊下の角に消えてしまった。
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「生きて」
まるで切望するような、胸を軋ませるほどの強い願い。
温かな、それでいて力強い何かに、包まれたようだった。
「ブルー……ごめんなさい、ブルー……」
目を開けると、はらはらと大粒の涙を零す翡翠色の瞳がすぐ傍にあった。
頬に落ちかかる冷たい雫に、ブルーは驚いて目を瞬いた。
色々な表情を見せてくれる少年ではあったけれど、こんな風に激しく泣くなんて、一体何があったのだろう。
「どうしたんだ、一体……」
手を伸ばそうとしたのに、右手がまるで鉛のように重い。
どうしたのだろうと意識が目の前のジョミーから自分の身体へ向くと、腕だけではなく足も、他の何もかもが重く、自覚した途端に意識が再び闇の底へ引きずられそうになった。
「なんだ……一体僕はどう……」
「ぼくのせいで……ごめんなさい……ソルジャー・ブルー……」
まただ。またジョミーはソルジャー・ブルーと呼ぶ。
そこでこれが夢だと言うことに気付いた。
どういうわけか目を覚ますと忘れているようだが、夢の中では以前の夢も覚えているらしい。なんとも不可解なことだ。
もっとも、夢に合理性を求めても無意味なのかもしれないが。
背中に添えられた手の感触で、どうやらジョミーの膝の上に抱き上げられていることだけはわかった。
「それにしても君、なんて格好だ」
髪はぼさぼさだし、頬には煤のような汚れがついているし、良く見れば少し怪我をしている風でもある。
だがなによりもブルーを驚かせたのは、着ている服が既に服の様相をしておらず、手首のあたりに僅かに布が残っているだけだったことだ。
「どうしてそんな、まるで服だけ燃えたような……」
おかしな格好をしているのだと笑おうとしたそのとき、まるで誰かに肩を掴まれたようにジョミーが仰け反った。同時に、ブルーは誰かに抱き上げられたらしい。肩から手を回すようにして脇と、それから両足の両方を持たれて、近くにあったらしいストレッチャーに乗せられる。
こういった物に乗せられることにいい思い出がないブルーは、途端に不愉快になって身じろぎをしようとしたが、何しろ身体が思うように動かない。
「ブルー!」
激しいジョミーの叫びに、首だけをどうにか捻ると、ジョミーは後ろから誰かに両手を掴まれて後ろに引きずられているような状態で、身体だけでも前へと向かうように必死に抗っている。
「ブルー!ブルー!ソルジャー・ブルーっ!!」
「何を……」
そんなに必死になって。
その叫びがあまりにも悲痛で、さすがのブルーもいつもの斜に構えた態度を取ることも出来ない。
ジョミーの身体から、まるで火花のような光が一瞬爆ぜて、拘束する手を振り解くと、走り出したストレッチャーを追って駆け寄ってくる。
「ブルー!お願い、死なないで……生きて………生きてっ」
誰かに妨害されるように押しとめられながら、ジョミーの指先がブルーの右手に触れた。
それはほんの一瞬でことで、もしかすると気のせいだったのかもしれない。
だがジョミーの手が触れた処から熱が腕を昇り、息苦しい胸の痛みが、確かに消えた。
胸に誰かが触れているような気がして目を開けると、弾かれたように手が遠のいた。
帰ってから眠気のままに逆らわずベッドに入っているうちに日が落ちたのか、部屋の中は真っ暗だ。……真っ暗なはずだった。
それなのにベッドの傍らには仄青い光があった。それを纏っているのは、まるでホールドアップしているように両手を上げたジョミーだ。
「………どうやって入った……と聞くのもナンセンスか。夢の続きか?」
だらだらと冷や汗を流しそうな様子で両手を上げていたジョミーは、ブルーの呟きを聞くとなぜか安堵したように息をついて両手を降ろした。
「え、続きって、ぼくの夢を見てたの?」
「いや……どうだったかな……」
「どっちさ」
「君の顔を見たら、そんな気がしただけだ」
片手で額を抑えながら、片手をベッドについて身体を起こす。ふと、それがスムーズに行えたことに額を押さえていた手を外した。
「痛まない……?」
今朝は怪我の痛みで目を覚まして、起き上がることも慎重にしていたのに、まるで完治したかのように痛くない。
「治ってないよ。ほんの少しだけ、痛みを誤魔化しただけだから、無茶をしたらだめ」
「誤魔化した?どうやって」
「夢に理屈を求めないでよ」
「夢の中で夢だと言い切る奴も珍しいな」
「先に夢って言ったのはあなたでしょ」
肩を竦めたジョミーに、納得するような、なんとなく腑に落ちないような気分で首を傾げる。
「しかしなぜ僕はこんな夢を……昨日から君の夢ばかりみているような気がする」
夢の内容ははっきりとは覚えてないが、そんな気がすると見上げると、青く光るジョミーは頬を赤く染めて唖然としたように目を見開いていた。
「あ……あなたって……」
軽く握った拳で頬を擦り、半ば顔を隠すような仕草でジョミーは何かを小さく呟く。
「ジョミー?」
「と、とにかく!」
ジョミーは一歩近付くと、ブルーの額に手を翳した。
「無茶は禁物だからね。安静にしてよ!」
「夢と現実を混同するほど馬鹿ではないよ」
今は夢だから痛まないとはいえ、目が覚めればまた痛みか、薬の副作用かの二択になるのは目に見えている。
「目が覚めて痛くなくても、だよ。無茶して怪我の完治が長引いたら、その分だけぼくが周りをうろちょろするんだって、忘れないでよ」
触れそうで触れない距離にあるはずの手の気配がしない。
ふとそう気づいたときに翳されていたジョミーの手が下へと下りてきて、視界を遮った。
目を覚ますと、真っ暗な部屋の中だった。
思わず首を巡らせたが、当たり前だが部屋には誰もいない。
「なんて夢だ」
夢から醒めたら、まだ夢の中で、どちらもあのお節介な少年が出てきた。
夢の中の夢の内容は思い出せないからそんな気がするだけだが、二つ目の夢はまだ覚えている。
ジョミーが立っていた辺りに目を向けならが慎重に起き上がる。
胸の痛みを覚悟して一瞬だけ息を詰めたが、眠る前に比べたら驚くほどに小さなそれに拍子抜けした。
「……なんだ?」
胸に手を当てる。服の上から、固定バンドに触れた。
―――目が覚めて痛くなくても、だよ。
夢の中のジョミーの言葉が脳裡を過ぎり、すぐに馬鹿馬鹿しくなって首を振った。
「まだ薬が効いているのか」
目が覚めたことで副作用が収まったようだから痛みもぶり返すと思っていたのに、嬉しい誤算だ。
どちらにしても薬の処方は変えてもらわなくてはならないだろう。
ふと、放っておけば明日もジョミーが迎えにくることを思い出して、帰ってきて適当に放っていた鞄を拾い上げると、携帯端末を取り出した。
一緒に挟んでいた紙が、ベッドの上に落ちる。
そこに書かれたたった数桁の番号を見て、ブルーは溜息を零した。
これを使うつもりなんて、さらさらなかったのに。
きっとあの少年は、ブルーから連絡をくれたと喜ぶだろう。それが明日は病院に寄るから、迎えに来なくていいというものであっても。
「こんなことなら、早退するときに言っておけばよかった」
眠気と不可解な苛立ちでそんなことにまで思い至らなかった昼間の自分に舌打ちをしながら、紙に書かれた番号を押す。
ディスプレイに表示されたそれをしばらく眺めたあと、もう一度溜息をついてそれを端末の短縮番号へ登録をして、明日のことを伝えるべくコールを掛けた。
ブルーが帰ったあとのリオとジョミー。
目次
驚いた。あのブルーが声を荒げることがあるなんて。
腹が立とうと苛立とうとも、ブルーは静かに嫌味を言う。あるいは突き放す。もちろんまったく怒鳴らないわけではないし、ジョミーに絡むことではたびたび声を荒げることもあったといえど、それにしたってああも苛立つなんて珍しい。
言葉通り、ただ眠かっただけなのか。それとも別の理由があるのか。
けれど別の理由って?
首を傾げたリオは、先ほどまで嬉しそうだったジョミーが、心配そうな表情で窓ガラスに張り付いていることに気づいてその肩に触れる。
「ジョミー?」
「ブルー先輩、大丈夫かな。調子悪そうだったし、やっぱりついていけばよかったかな……でも」
窓に張り付いて、校庭を見下ろし不安を滲ませるジョミーの横顔に、苦笑して軽く肩を竦める。
「ジョミーは結構心配性ですね。大丈夫ですよ。ブルーは薬と相性が悪いことがよくありましてね。今回も大方そんなところでしょう」
ただ普通に寝不足などの眠気なら、さすがに早退まではないだろう。自分の意思ではどうにもできない睡魔だから帰ったのだ。
経験上からのあたりをつけたリオの言葉に、ジョミーは窓に手をついたままに振り仰ぐ。
「薬と?」
「ええ、気分が悪くなるとか、薬疹がでたとかではないので、そんなに心配することもないと思いますよ。眠いだけなら帰ってゆっくり休めばいいでしょうから」
「眠いって薬の副作用だったの!?」
「たぶんですが……ジョミーは一体なんだと思っていたんですか?」
「ぼくはてっきり、起きてみたらもう昼休みで、やる気をなくしたから帰ったものだとばっかり.……ぼく、やっぱり送ってくる!」
なんとはなしにジョミーの学業に対する態度が透けて見えるようなことを言って駆け出そうとしたジョミーに、慌ててリオはその手を掴んで引きとめた。
「ブルーを送ったら昼休み中には帰って来れません。だからブルーはあなたを置いていったんですよ」
「違うよ。先輩はぼくのこと、面倒なだけだ。でもぼくは、あの人に何か無理をさせるくらいなら、嫌われたって疎まれたっていいから、傍にいて手を貸したいんだ」
振り向いたその瞳に、圧倒される。
家まで送る、送らないなんて、それほど大仰な話でもないはずなのに、あまりにもジョミーが深刻な様子で言うものだから、つい掴んだ手を放しそうになる。
するりと抜け出した手に、リオは慌てて今度は身体ごとジョミーの前に回り込んだ。
「そこまでしなくとも、歩いて帰るだけで何かそれほど困った事態にはならないでしょう。それより昨日は入学式にも出ず、今日は早退だなんて君によくありません」
「ぼくのことなんて!あの人のことに比べたらっ」
「ですから。僕だってブルーが一人で帰ることが困難だと思えばついていきますよ。今日の様子ではそこまでではないと思ったから……あ、ブルー」
ジョミーの肩越しに見えた校庭を、気だるげな様子で歩くブルーの背中が見えて呟くと、ジョミーは途端に振り返って再び窓ガラスに張り付いた。
そのあまりの素早さに目を瞬いたリオは、窓ガラスに映ったジョミーの真剣な表情に眉を寄せた。
怪我をさせたことに、罪悪感や責任感を覚えることは分かる。ブルーの怪我はかすり傷どころではなかった。
だがそれを差し引いたとしても、ジョミーの態度はいささか大袈裟ではないだろうか。
ブルーが何か変調を起こしたときに見逃したりはしないというほどに、じっとその姿を追うジョミーの肩に手を置く。
だがジョミーは、今度は振り返らない。
ブルーの姿が校門を潜り、さらにその姿が見えなくなるまで、微動だにもしなかった。
ブルーが何事もなく歩き去り、それからようやく、ほっと力が抜けたように息を吐く。
「ジョミー」
ほら、大丈夫だったでしょう。
そう言うつもりだったのに、俯き加減にゆっくりと身体の向きを変えた、その横顔にリオは言葉を失った。
憂いを帯びたその横顔。
まだまだ子供そのものの、少年のような元気いっぱいの少女はそこにはいなかった。
俯いて落ちかかった髪を軽く指で掬い、小さく息をつく、その仕草。
ゆっくりと顔を上げたジョミーの、深い色をした緑玉の瞳がリオを捉えた。
その瞳に映った自分の表情は、何をそんなに驚いているのかと滑稽なほどに息をつめ、目を逸らすこともできずにただジョミーを見つめている。
「あの人は……」
声までも。
深く落ち着いて、ゆっくりと染み入るように響く声で口を開いたジョミーは、けれどすぐにはっと何かに気づいたように口を閉ざした。
軽く首を振って、もう一度リオを見上げたときには、先ほどまでの雰囲気はすっかり消えてなくなっていた。
「ブルー先輩はそんなに薬がだめなんですか?」
「え……あ……」
はっきりと見たのに、まるで先ほどのジョミーは幻だったかのようだ。
あんなに……透明な、それでいて強い瞳、なんて。
瞬きをしてみても、目の前にいるのは三つ年下の仕草も表情も子供っぽい少女だ。
「……ええ、ブルーは薬は苦手で。生来のものもあるようですが」
「ふぅん……じゃあ傷が痛いのは大変なんだ……」
ジョミーは考え込むように、もう一度窓の外を振り返った。
目次
「用などない」
「でも、今行くなって」
「寝惚けていたんだ」
認めるのも腹立たしい話だが、意図して引き止めたと思われるよりはずっとマシだ。
周囲から好奇で注目されていることより、ジョミーの期待に満ちた目の方が耐えられない。どうしてよりにもよって、こんなときに寝惚けたんだ。
何か夢を見た気がするのに、例によってその夢の内容を覚えていないことにも苛立ちを覚える。
「大体、なぜ君がここにいる」
寝惚けた気恥ずかしさを誤魔化すために、常にも増してぶっきらぼうに言い放つと、ジョミーの後ろにリオがひょいと現れる。
「僕に会いに来たんですよ」
なんでもないその一言に、ブルーの中で何が蠢いた。
ほんの一瞬のことで、それが何かは分からない。そもそも何か変な感じを覚えたことすら気のせいだったかもしれない。そんな小さなざわめき程度の違和感。
「なぜリオに」
僕ならともかく。
続けそうになった言葉を飲み込んで、思ってもいない言葉が浮かぶ不可解さに眉を寄せる。だがジョミーはそんなブルーの自己分析が上手く行かない焦りなど気づいた様子もない。
「昨日リオか……リオ先輩から、ハンカチを借りたんですけど、汚しちゃって。それで新しいハンカチと、お礼を言いに来たんです」
ね、と後ろのリオを振り仰ぐように斜め後ろに視線を送ると、リオはそれに笑顔を返してからブルーに向かって頷いた。
なんだかよく分からないが、面白くない。
「ジョミー、言いにくいようでしたら、わざわざ先輩なんてつけなくてもいいんですよ」
「でも、先輩は先輩だし」
「先輩や後輩もいいですけれど、ジョミーとは友達になれるといいなとも思うのですが」
「友達……」
今まであまり年上と接してこなかったのか、ときどき言いにくそうにするジョミーにリオがそう提案すると、ジョミーは目を瞬いたあと、嬉しそうに小さく呟く。
「け、けどリオ、先輩はそんな丁寧に話してくれるのに」
「僕の話し方は癖みたいなものだから気にしないで。弟のマツカも似たようなものだったでしょう?」
「癖………なんだ……」
ぽつりと呟いて、何かを考える風に口元に手を当てて俯いたジョミーは、すぐに顔をあげて遠慮がちにリオを見上げた。
「えっと……じゃあ……リオって呼んでもいい?」
「ええ、どうぞ」
顔を見合わせて、少し照れた様子のジョミーと、それを微笑ましく見下ろすリオを前に、ブルー眉間には深いしわが刻まれていた。
一体なんなんだ。わざわざ人の席の前でする会話か、これは。
別に混ぜて欲しいとは欠片も思わないが、目の前で繰り広げられたいと思える種類でもない。
無言で席を立ったブルーに、ジョミーはすぐに視線をこちらに戻した。
「えっと」
「用事はない」
どうせ何か御用はと言うのだろうと先を制すると、ジョミーは言いかけた言葉を喉の奥に押し返されて何をどう言おうかとまごつく。
それを無視して席を離れようとしたブルーに、リオが目ざとくその手に下げた鞄に気づいた。
「帰るんですか?」
「ああ。まだ眠気が強い。どうせ寝るならここにいたって仕方がない」
これだから薬は嫌いなんだとは心の中だけで悪態をついて、病院に行って薬の処方を変えてもらうつもりで時計を確認した。どこも診療は終了している時間だが、時間外で行くか、明日まで待つかと思案しながら踏み出そうとしたが、同時に後ろに引っ張られる。
「………なんのつもりだ」
少し首を巡らせれば、リオに気づかれたことで開き直って肩に掛けた鞄の肩紐を、ジョミーがしっかりと握っていた。
「帰るんならぼく、鞄持ちま……」
「早退にまで付き合われたら、迷惑だ!」
肩紐を掴んだ手を振り払おうと大きく身を捻ると、また胸に痛みが走った。
また気にするだろうジョミーの手前、奥歯を噛み締めてその痛みをやり過ごす。
「さすがにこれはブルーの言うとおりだと思います」
リオが苦笑を零しながら後ろからそっとジョミーの両肩に手を置いてたしなめる。
元々リオは人当たりはいい男だ。それは分かっている。
だがこんな風に接触過多でもあっただろうか。
ジョミーの薄い小さな肩に置かれたその手が妙に目について、顔を背けるようにして歩き出す。
「帰り道、気をつけてくださいね!」
ジョミーが着いて来なかったのは、ブルーの言葉に従ったのか、それともリオの言葉に納得したのか。
今までのことを考えれば自ずと答えは出るだろう。
ブルーは鞄を肩に掛け直し、妙に苛立つ不愉快な気分を胸に教室を後にした。