よかったね、ブルー(お前が言うなとシメられそう……)
しかし二人とも、気づかないものなのか……。ジョミーは未だノーブラか、せいぜいタンクトップと一体型のスポーツブラしかしてないと思います。
目次
人気のない中庭に、渇いた音が高く響く。
理由が分からないまま叩かれた頬の痛みに、しばし呆然とその鮮やかな瞳をただ見つめていた。
顔を真っ赤に染めたジョミーはブルーの手から自身を庇うように胸元に腕を固めてベンチから逃げる。
「ど……どうしてあなたも、キースも!どっちもそうデリカシーがないんですか!」
「キースと一緒にしないでくれ」
どうして男の胸に触ったくらいでそこまで言われなければならないんだということよりも、キースと一括りにされたことに不満を覚える。
ジョミーは首を振って、平手で打たれた頬を押さえるブルーを睨みつけた。
「一緒ですよ!やってることが同じ!」
「君が嘘をついているかどうか、見極めようとしただけだ。そして実際に痛んだようだが」
ジョミーは言葉に詰ったように息を飲み、眉をひそめて視線を逸らす。
「やはり」
「………痛いですよ。でも、あなたが気にすることじゃありません」
「では腹痛というのはやはり嘘か」
「う、嘘じゃありません。その……ときどき……痛いだけで……今月は、ちょっと」
「ときどき?持病でもあるのか?」
首を傾げて訊ねれば、ジョミーは途方に暮れたような目でブルーを見る。何かを察してくれと言いたげなそれに、残念ながらブルーは応えられなかった。
「ジョミー……」
返答を促せば、ジョミーはぎゅっと口を引き結び、緩く首を振った。
「持病……じゃないです。痛いけど、別に怪我でもないし、原因も分かってる。本当に大したことじゃないから、あなたは気にしないで」
「気にしないわけにはいかないだろう。君が不調だというのに、世話をさせるわけにはいかない。キースから預かった物は後で渡すから、今日はまっすぐ家に帰るといい」
言いたくないのなら、理由を無理に聞く必要はない。ジョミーが本当にどこか不調であるのか分かれば、それで十分だ。
そう口にすれば、ジョミーは駄々を捏ねるように首を振る。
「嫌だ。こんな痛み、本当に大したことじゃないのに!」
「君の目的なら、リオにでも手を貸してもらうから気にするな」
そうではないというように、ジョミーは大きく首を振って拳を握る。
「あなたの傍に居られる時間を、これ以上減らしたくないんだ!」
それはまるで、ジョミーの目的が罪悪感からくる償いではないかのように聞えた。
「時間がないのに……ひと月しかないのに。これくらいの痛みなんてなんともない」
「時間が?どうして」
転校するというのならまだしも、ジョミーは逆にこちらに越してきたばかりだ。居住場所を変えるということでもないのに、なぜそんなに時間がないのだろう。
「あなたの怪我が早く治ればいいって思うよ。でも、口実がなくなる。あなたの傍にいていい口実が……」
唇を噛み締めて、握った拳を更に上から掌で包み込んだジョミーは、眉を寄せて切なげな眼差しをブルーに向ける。
それは見ているブルーの胸に迫るような、真摯な光。
「だから時間がもったいな……」
なおも言い募ろうとしていたジョミーは、はっと息を飲んで握り込んでいた拳を解いて口を押さえた。
我ながら間の抜けた顔だっただろうとは思うが、唖然と口を開けてジョミーの切羽詰った様子を見ていたブルーに、ようやく自分が何を言っているかに思い当たったのだろう。
ジョミーの訴えは、先ほどブルーが感じたことが間違っていなかったことを証明していた。
ブルーの怪我はひと月ほどで治るだろうと校医も担当医師も見立てた。
怪我が治ればいいと思いながら、怪我が治ればブルーの傍に居る口実がなくなる。
だからひと月しか時間がなく、寸暇を惜しんでブルーの傍にいたい、と。
義務感ではなかったのか。
「ご………ごめんなさい……」
むしろその義務は口実だったのだと。
恐らくするつもりはなかったはずのジョミーの告白に、ブルーは不愉快になるどころか少し気を良くしたために、初めジョミーの謝罪の意味を捉え損ねた。
「すごく不謹慎でした……」
「いや……別に」
ブルーは口元が不思議と笑みの形を作りそうなむず痒さに、手で隠すように覆いながらもごもごと口の中で謝罪は不要だと呟く。
「だが……なぜそんなに僕にこだわる」
落ち着かない気を逸らそうと疑問を口にしてみると、それは今更だが確かに不思議なことだった。
怪我をさせた罪悪感なら、面白くはないが理由はあるし納得もできる。
だが世話をすることを口実にするほどに近付きたいのだと言われると、妙にそわそわと落ち着かない上に理由が分からない。ジョミーとはたった三日前に会ったばかりだ。
リオならば後輩に懐かれることも分かるが、ブルーは特に好意を抱かれる先輩ではないと自身が一番よく分かっている。
ジョミーは困ったように視線を落とし、しばらく沈黙した。
そんなに言えない理由とはなんだと考えるブルーの耳に、小さな呟きが届く。
「………ませんか……」
「なに?」
俯いていたジョミーがゆっくりと顔を上げる。
翡翠色の瞳は、直前まで目を逸らして逃げていたのだということをまるで感じさせないほどに、まっすぐにブルーを射抜く。
「いけませんか。理由がなくちゃ」
深い翡翠の色は、深奥にブルーを誘うように底が見えない。
その瞳に映るものはブルーだけ。
そうして、瞳に映るブルーもまた、ジョミーだけしか見ていない。見えていない。
「いけない……わけではないが、疑問に思うのは当然だろう」
答えはジョミーの問い返しへの単なる対のようなものだった。口にしながら、それは最早半ばどうでもいい。
理由が知りたいという気持ちがなくなったというより、それ以上にそうジョミーが心の底から願い、訴えてきている事実が大事なのだというかのように。
「好きにすればいい」
「……え……?」
言われた意味がわからなかったこともあるのだろうけれど、理由を追及する手を引いたことに、ジョミーは目を瞬いた。瞬きと同時にジョミーの瞳から息苦しいまでの深い色は消えた。
「君が口実など必要とする柄か?あれほど必要ないと言っても押しかけてきたくせに」
今更だろうと息を吐いて見せれば、それこそ今更のことにジョミーが頬を染める。
「それは……その、必死だったから……あの、でも、本当に?」
それが照れだけでなく、興奮で染まっていることは、輝く瞳を見れば分かる。
そんなにも、傍にいたいと願うのか。
ブルーは気を良くした事実を見せないよう、せいぜい肩を竦めて諦めたような表情を作る。
「どうせリオに会いにくれば、僕がそこにいることも多い。僕が君に応えるとは限らないが」
「そんなの別に構わない!あなたの所に行ってもいいのなら、ぼくはそれで!」
喜び勇むジョミーに、このときブルーは確かに満足していた。
理由を問いただしておけばよかったと、後悔するのはずっと先のことだ。
ガンダムの感想を書いたらすぐにこれを更新するはずが、気づけば「t」を大量に羅列して寝てました……睡眠が好きすぎるこの身が憎い。調子の良くないパソコンを立ち上げっぱなしにしていた報いで、半日休めたのに今もちょっとご機嫌斜めです。わーん、頑張ってくれ~。
で、本題。
ようやくちょっとはブルジョミらしくなってきた……かなあ……(遠い目)
今回の舞台(人気のない中庭)は、自分が行っていた高校に似たようなのがありました。日中ずっと日陰で、本当に人がいるところを見たことがなかった……絶対設計ミスだと思う(笑)
目次
「どうしたんですか、こんなところで」
ベンチに座ったまま目を瞬くジョミーに、思わず溜息が漏れる。
「君こそ、こんなところでどうしたんだ」
まさかこんなところにいるとは思わなかった。校舎と校舎に挟まれた日陰のデッドスペース。ほとんど人が来ることもなく、植えられた木で死角になっていて、こんなところにベンチがあると気づいてすらいない生徒もいるくらいだ。
こんな寂しい場所にジョミーが一人でぽつんと座っている様子はおよそ彼には似合わなかった。
ジョミーは太陽の下で、輝くように笑っている姿が似合う。他人の興味のないブルーでさえ思わず目を奪われるような、そんな少年なのに。
すぐ傍まで歩み寄り、断りもせずに隣に腰を掛けると、ジョミーは更に目を丸める。
「……なんだ」
「あ、いえ……」
その視線に眉をひそめると、ジョミーは慌てたように手を振った。
「あなたから、ぼくの近くに来てくれたことが珍しくて」
事実を事実として述べたまでに違いない。
だがブルーはその微笑みと指摘されたことに、居たたまれない気持ちにさせられる。
「用事があっただけだ。他意はない」
「そんなところかな、とは思いましたけど。でも十分嬉しいな」
「嬉しい?」
「だって、ぼくに用事ができるくらいには、あなたに近づけているのなかって」
ふわりと綿毛のように柔らかい微笑みを見せる、その翡翠色の瞳に。
ブルーは反射のように思い切り顔を背けてしまった。
あまりにも露骨なそれに後悔しても、やってしまった行動は巻き戻らない。
あからさまな拒絶をジョミーはどう感じただろう。そんな態度を取るのは今更のことだが、今はブルーの方から用事があると近付いておいて、これはないだろう。
気を取り直そうと、そろりと視線を戻せば、ジョミーの瞳は傷ついたというよりも、寂しそうに僅かに伏せられていた。だがブルーの視線に気づくと、その陰をすっかり潜ませて再び柔らかく微笑む。
胸が痛んだのは、何故だろう。
傷によるものとはまるで違う、それよりもずっと深く抉り込むような痛み。
ブルーの態度がそうなのだから当然だが、ジョミーはキースやサムや、あのシロエとかいった少年たちといるときのような笑顔をブルーに向けることはない。
そんなことは立場が違うのだから当然だと考えたばかりだというに、どうして気になるのだろう。
そう、彼のことなど、ブルーにはなんの関係もなく、むしろこのまま縁が切れてしまえばいいとずっと考えていたことなのに。
ブルーはゆっくりと息を吐いて気持ちを切り替えようと自身に言い聞かせる。
どうにもジョミーのことでは調子が狂いっ放しだ。さっさと気になることを済ませて別れるに限る。
「キースから預かった物があるんだが」
ブルーの口から出た名前に、ジョミーはぴくりと震えて分かり易く表情を変えた。みるみるうちに不機嫌なものになり、ベンチについていた手をぎゅっと握り締める。
不愉快な名前を聞いたかのようにキースを忌避するその様子に、なぜか胸のうちで溜飲を下げたような心地になる。他人に関わることをあまり良しとしないブルーにとって、他人同士の諍いもどうでもいいことのはずなのにつくづく不思議なことだ。
「それは生憎、今は持ち合わせてない。あとで返す。それより、胸を痛めているらしいと聞いた」
「キースの気のせいです」
「彼はああ見えて……いや、見た目の通り人の動作の変化には聡い。その彼が、あまり無茶をさせるなと釘を刺してきた」
「わざわざそんなことをあなたに?」
ジョミーは軽く親指の爪を噛むような仕草をして、口の中で小さく舌打ちをする。
感情の一面をさらけ出した行為は、今まで表面上は穏やかに、あるいは強引ではあるが心配をするようにブルーに向けていたものとは明らかに違う。
それを向けられているのはキースだったが、それでも興味深いことに代わりはなかった。
興味深い?
他人に興味を持たない自分が、知り合ったばかりの年下の少年の新たな面にそんな風に感じるだなんて、どうかしている。
「痛めているのは、腹ではなくて胸なのか?」
「キースの気のせいです」
同じ事を繰り返したが、今度は突っぱねるように硬質な声に変わっていた。
「否定するのは、ただの腹痛でなければ僕が君の干渉を一切拒むと思っているからか?」
「だからそれはキースの気のせいです。ぼくのは食べすぎだか昨日冷やしたか、その辺りの単なる腹痛で……」
不機嫌そうに繰り返したジョミーの言葉が、一瞬息を飲んで途切れた。
だがジョミーはすぐに目を丸めて、胸に触れるブルーの手を見ている。
触れた胸は贅肉なんて欠片も見えない見た目に反して、少し柔らかかった。
「な……っ」
「やっぱり、痛いのか」
どうしてもジョミーが否定するのなら、実際に試してみれば早いと手を伸ばした。さすがに本当に痛めていたときのことを考えて、強くではなく軽く押す程度に胸に触れた瞬間にジョミーが痛みに顔をしかめたのは確かだった。
掌に伝わる鼓動が一気に跳ね上がる。
秘密にしていたことを知られた焦りかと思えば、顔を上げたジョミーの頬は赤く染まって、翠色の瞳には今にも泣いてしまいそうなくらいに涙が溜まって……。
掌が飛んできた。
ようやく本編で彼の登場です。
目次
結果的にキースに押し付けられた形になったローラー靴を鞄に押し込めて、ブルーは愉快ならざる気持ちで教室へ上がった。
教室で次の授業の用意をしていたリオは、遅刻してきたブルーが不機嫌であることにすぐに気づいたようだったが、特に何も言ってくることはなかった。もしかすると薬が原因が、それとも嫌いな病院に行かざるを得なかったせいだと思っていたのかもしれない。
だが今日は大した痛みに悩まされることもなく、薬を飲んでいないので眠気に襲われることもない。
ただし、眠気はなくとも意識の大半は鞄に押し込めたローラー靴の持ち主へ持っていかれていたから、あまり授業はまともには聞いていなかった。
不思議な夢を見た翌日に、ブルーが痛めた箇所と同じ部分をジョミーも痛めているらしい……。
偶然にしてはあまりにも不自然と思えるが、しかし偶然というより他に言いようがない。
頬杖をついて、ぼんやりと外を眺める。
窓の外を眺めている視線が、いつの間にか別館の校舎の方へと向いていることにブルーは気づいていなかった。
その金の髪を視界の端に捉えたのは、リオと共に昼休みに食堂に向かう途中でのことだった。
ジョミーは校庭を挟んだ向こうの渡り廊下を友人と歩いていた。進行方向からいってあちらも食堂に向かっているらしい。
ではそこで会うだろうから、キースの話していたことを訊ねてみようと、珍しくブルーの方から声を掛けるつもりで食堂に入った。
注文のためにカウンターに並びながら入口を気にしていると、渡り廊下の向こうでジョミーと一緒に歩いていた一年生たちが入ってくる。だがその中にジョミーに姿は見当たらない。
「ブルー?」
同行者に断りもなく列を離れたことで不思議そうに声を掛けられたが、そのまま一年生の集団の方へ歩み寄る。
「すまない、少しいいかな」
盆を手に取り何を食べるかと話していた一年生たちは、揃って振り返って同時に驚愕したようにびくりと震える。
「なんでしょうか」
急に上級生に声を掛けられて驚き固まっていた一年生たちの中で、ブルネットの髪とアメジスト色の瞳が印象的な少年だけが落ち着いた様子で答えを返す。どうやら彼はブルーが上級生だということを特に気にもしていないようだ。
「君たちは先ほど、ジョミーと一緒にいたと思うのだが、彼は食堂へ来ないのか?」
少年の眉が僅かに動いた。
それが不快の表情であったことにブルーが驚いていると、応対したはずなのに答えない少年に友人たちが顔を見合わせて、そのうちの一人が代わって食堂の入口を指差す。
「ジョミーなら、今日は腹が痛いから食べるのはやめておくって。さっき廊下で別れたんですけど」
「そうか……分かった、ありがとう」
放課後まで待てばどうせジョミーの方からやってくる。
そうと分かっていても、どうにも気になる。
今朝もジョミーは腹痛だと言っていたが、本当に痛めている箇所は胸だとキースは言っていた。どうしてジョミーが痛む箇所を誤魔化すのか分からない。あるいはキースが勘違いしているだけだろうか。
「ブルー」
次に順番がきていたようで、振り返るとリオがカウンター上のメニューボードを指差している。
何を頼むのか尋ねる友人に、手を振っていらないと示すと食堂を出ようと背を向けた。
「あ、ブルー!」
急な行動にさすがに驚いてはいたようだが、リオはブルーの気まぐれに慣れている。それ以上引き止められるはずもなかったのだが、意外なところから呼び止められた。
「あんまりジョミーを煩わせないで欲しいな」
いかにも気に食わないという態度を隠そうともしない不快を滲ませた声にブルーが首を巡らせると、先ほどのブルネットの少年が目を細めて顎を逸らすようにしてブルーを睨めつける。
「……煩わせる?僕が、か?」
「そう。ここにあなた以外にジョミーに手を掛けさせている人が他にいますか?」
「お、おいシロエ」
上級生に向かってはっきりと批判してみせた少年に、友人たちが慌てたように少年の腕を掴む。
「ならそれは彼に言えばいい。僕が頼んでいるわけではない」
少年の眉が再び震えて、大きな瞳には敵愾心が顕わになる。
「ジョミーのこと、何も見えていないくせに。ジョミーの興味だけは引っ張って行く。性質が悪い」
「おいシロエ!」
言うだけ言うと、ふいと背を向けてカウンターに向かう少年に、友人たちは慌てたように少年の背中と、表情を綺麗さっぱりとなくしたブルーを交互に見て、慌てて友人を追い掛ける。
不愉快を隠そうともしない少年に、ブルーも気分が悪くなってさっさと食堂を後にした。
ジョミーの友人だかなんだか知らないが、あんなことをブルーが言われる筋合いはない。
送り迎えも鞄持ちも必要ないと言っているのに、何かと世話を焼きたがるのは罪悪感に駆られたジョミーが勝手にすることだ。むしろブルーは何度も断っている。
ムカムカと腹の底から湧きあがる不快感に壁を蹴りつけたくなったが、それで足を痛めでもしたら馬鹿馬鹿しい。
蹴りつけるように荒い足取りで砂を僅かに舞い上げたブルーは、怒りのあまりどこに向かうか考えもしないで歩いていたことにようやく気づいた。
適当に歩いているうちに本館と別館の間の人気の少ない小さな中庭に出ている。
後から建てた別館との兼ね合いで出来たデッドスペースに、木を植えてその下にベンチを置いただけのそこは、いつでも日陰になっていて人がくることはほとんどない。
そのベンチに俯き加減に腰を掛けていた金の髪の少年が、人の気配にゆっくりと顔を上げた。
ジョミーがどこにいくかも知らなかったのに、どういう偶然だろう。
探していた姿を見つけたのにそこにぼうっと立ち尽くすブルーと視線を合わせると、ジョミーは驚いたように目を丸めた。
パラレルのパラレル(苦笑)、転生話のバレンタイン後編。
こちらはブルーの視点です。素直でない人……。
「今年はいくつポストに入っていましたか?」
友人はおはようの挨拶の代わりに、顔を合わせた途端、そう言った。
「知らない」
「また無視したんですか?」
「無視も何も。入ってたなら母さんが処理しただろ」
朝のブルーが眠気の残る気だるさに不機嫌なのはいつものことなので、素っ気ない答えでもリオは気を悪くすることもなく肩を竦めるだけだった。
「では、教室の机がどうなってるか楽しみですねえ」
「迷惑だ。勝手に押し付けるくせに、捨てたら酷いと喚く」
「その場で捨てるからですよ」
「後で捨てるなら持って帰るのが面倒だ」
こんな迷惑な行事なくなればいいと思いながら、ふと鮮やかな金色の髪を揺らして明るい笑顔で手を振る少女が脳裡に浮かぶ。
ブルーはすぐに首を振って重く息を吐き出した。
「あ……」
隣を歩いていたリオが小さな声を上げて立ち止まり、思考を他所へ飛ばしていたブルーが前を見ると、ちょうどその姿を思い浮かべた少女が視界に飛び込んでくる。
……隣を歩く友人に、可愛らしい包みを渡してる姿が。
「ブルー!リオ!おはよう!」
後ろにいたブルーたちに真っ先に気づいたのはジョミーだった。
屈託のない笑顔で手を振りながら声を掛けてくるその姿に、ブルーはいつの間にか止めていた足を進める。
「ああ……おはよう」
心なしか声が低く出た。隣で何か言いげな目を向けてくるリオにも無性に腹が立つ。
ジョミーが誰かにチョコレートを渡したくらい、一体なんだというのか。どうせ義理のものだろうと、ブルーは甘い物が苦手だから関係もない。
ブルーたちが追いつくのを待っていたジョミーは、クラスメイトが持っていた徳用菓子の大きな袋を手にして、それをリオに差し出した。
「はい、リオ。取って」
「え………」
いきなり黒い粒の菓子を差し出されたリオは、当然ながら戸惑う。
前置きもないジョミー、シロエが溜息をついた。
「それ、バレンタインの義理チョコだそうですよ。今ちょうどぼくらも貰ったところです」
「……これが、義理チョコ……ですか……」
リオは複雑そうな表情で呟いて、サムの手にある綺麗なセロファンで作られたバレンタインカードのついた袋を見て、そしてブルーに一瞬だけ目を向けた。
その視線にブルーはまた僅かに機嫌を下降させたが、サムは何かを誤解したらしい。
「あー……色気も素っ気もなくて、困った奴でしょう。こいつ毎年手抜きなんですよ」
「……毎年、ね……」
ブルーは我知らずサムの手にある包みに目を向けたが、その視線を断ち切るように首を振った。
「たまにはこういうチョコもいいと思いますよ?童心に帰るような気がしませんか?」
ジョミーに礼を言いながら麦チョコを手にしたリオが、そうブルーに視線を向けて勧めようとする。
ブルーは手を翳してそれを拒絶した。
「結構だ。必要ない」
にべもなく言い切ったブルーに、サムは包みを小脇にぽんと得心したように手を打つ。
「あー、ブルーさんなら高級チョコとかいっぱい貰いそうですよね」
「別に、そういうわけではない」
どうせ甘いものは嫌いだ。貰っても捨てるだけで、大体直接手渡しされるものはすべて受け取らない。
これもまた、ブルーにとっての毎年のことだ。
元からジョミーからも受け取るつもりは……。
「あ、うん。ぼくもブルーにチョコは持ってきてないよ」
リオが麦チョコを手にすると、ジョミーはその包みをあっさりと下げてしまった。
「ジョ、ジョミー!」
一瞬だけ立ち尽くしたことに気づいたのは、隣でリオが引きつった声を上げてからだった。
なぜ自失したのか。ブルーは頭を振って気を取り直す。
「それはよかった」
「うん、だってあなた甘いもの嫌いでしょう?」
にっこりと、天使のような微笑みでジョミーは麦チョコの袋を閉じて鞄に詰め込んだ。
ジョミーの義理チョコの手抜き具合を笑い話に、校門まで集団でぞろぞろと歩いた。
人と関わることが苦手なブルーだが、今年は今日という日に道を歩いていて呼び止められることが一度もなかったことに少し感心してしまった。意外な効果があったものだ。
しかし元からこんな行事がなければそんなことに感心しなくてもよかったのにと考えれば、それがプラスとも思えない。
校門を潜ると、キースたちは二年次生の教室へ向かう道へ分かれた。キースを小突きながらマツカとも何かと話しているサムの後姿を一瞥して、ブルーはすぐに視線を外した。
そうして目を背けた先で何か言たげなリオと目が合う。
「なんだ」
「いえ、別に」
首を傾げて微笑む友人のすっきりとしない態度に、ブルーは肩を竦めて手を振った。
「先に行ってくれ」
「ブルー……あの」
「何が言いたいのかは大体分からないでもないが、君の想像を押し付けるなといつも言っているだろう。先に行ってくれ」
「分かりました……あの、気を落とさないで下さいね。ジョミーはこういった行事は儀礼としか思っていないのではないかと……」
「だからそれが余計な気の回し過ぎだと言ったんだ」
ジロリと睨みつけると、リオは息を吐いて先に階段を登っていった。
別に、本当にチョコレートなどどうでもいい。元より甘い物は嫌いだ。自分の意思では一度も受け取ったこともない。
ただ、いつもならこちらの話なんて聞きもしない強引なジョミーにしては、珍しい気の回し方だと思っただけだ。
いつものジョミーなら。
「ブルー」
ちょうど思い浮かべていたところに声を掛けられて驚いて振り返ると、先ほど別れたはずのジョミーが肩に掛けていた鞄を腕に抱いて、小走りに駆け寄ってきた。
「ブルー、ちょっと待って、渡したいものが」
足を止めて身体ごと振り返ると、すぐ傍まで駆けて来たジョミーは、辺りを見回して人目がないことを確認してから、鞄から包みを取り出す。
「これ、受け取ってください」
薄いグリーンの半透明紙は折り畳んで口を止めただけの簡素な包み方だったが、それだけにそれがジョミーの手で包んだものなのだと分かる。
その中には、何かスティック状のお菓子のようなものが見えた。
「……これは」
「あの、だってあなたは甘いもの嫌いでしょう?だから、チーズ味のお菓子にしてみたんです。これなら塩気のお菓子だから……ぼ、ぼくアルテラと違ってお菓子なんて作ったことなかったから形とか悪いけど、でも味は大丈夫だったから……えっと…」
「作ったことがない……」
ジョミーの自己申告の言葉を肯定するように、確かに半透明の包みから透けて見えるスティックの形は少々、歪だ。
「では、僕と先ほどの君の友人が初の実験台ということか」
「え、友人?」
きょとんと首を傾げるジョミーに、ブルーは視線で促すように、階段の方へと目を向ける。
「サムとかいう、君の友人」
「サム?サムにはぼく、麦チョコしか……あ、ああ、サムが持ってたのはアルテラからものです」
「……君の……妹の?」
「そうです。毎年ぼくがサムの分は届けるんですよ」
呆然と目を瞬くブルーに、ジョミーは居心地が悪そうに肩を揺すって僅かに俯く。
「それで……えっと、その……」
そうして、下から覗くようにちらりと視線を向けてくるジョミーに、精々重々しく頷いた。
「せっかく僕に合わせて作ったというのなら、貰わないでもない。もったいないからね」
ブルーは妙に気持ちが軽くなった思いで、仕方がないという風な溜息をつきながらジョミーの手から包みを受け取る。
「ありがとうございます」
安堵したように、胸を撫で下ろして笑顔を見せたジョミーに、ブルーも自然を笑みを返していた。
未来時間なので、多分に想像が入っています。
バレンタインはおろか、義理チョコ文化まであるので、パラレルの更にパラレルくらいに捉えていただけたらと(^^;)
せっかく女の子ジョミーなのに、このイベントには乗っからないと!ということで~。
でもって二人はまだ恋人同士ではありません。
そしてフライングで本編より先にシロエが出ます……す、すみません!
「よう!おはよう、ジョミー!」
白い息を吐きながら、いつにも増して朝から元気に挨拶をしてきたサムに、ジョミーは溜息をついて肩をすくめる。
「おはよう、サム。ひょっとして、今年も君のママとぼくとアルテラくらいしか当てがないのか?」
「………そう言うなよ……」
がっくりと肩を落とすサムと、くすくすと笑うマツカの横で、キースだけが首を傾げた。
「何の当てだ?」
「え、待てよキース。まさか心当たりがないなんて……」
「ジョミー、キースはこういう奴なんだ」
「嘘だろ!?だってキースってモテるのに!?」
「受け取ってくださいなんて差し出したら『これはなんだ、一体どういう意図のものだ?』とか鋭い目を向けて言い出しかねない人に、正面きって渡せる猛者がいるはずないと思うけど」
「あ、おはよう、シロエ」
後ろから声を掛けられて振り返ったジョミーは、その言葉に酷く納得して頷いた。
「イベントでもそれか、キース」
「ジョミー、機械に情緒を求めるだけ無駄だよ」
キースを一瞥して、つんと顔を逸らしたシロエに苦笑しながら、ジョミーは肩に掛けていた鞄を下ろして中を探る。
「まあなんでもいいや。全員揃ってちょうどよかった。シロエは同じクラスだから後でもいいと思ってたんだけどさ」
そう言ってジョミーが鞄から引きずり出した袋に、シロエとマツカが目を丸めた。サムはまたかと呟き額を押さえ、キースは眉を寄せる。
「ジョ……ジョミー……それって……」
「えーと……」
シロエは袋を指差して言葉に詰り、マツカも戸惑うように首を傾げてサムを伺う。サムは苦笑を零して頷いた。
「ジョミー、学業に菓子は必要ないぞ」
「バレンタインなんだから大目に見てよ。はい、キースも一掴み取っていいから」
バリンと音を立てて徳用の大袋の口を開けると、まずキースに差し出した。
「バレンタイン……?」
「そ。これは日頃仲のいい友達とかに渡す……」
「いくら義理だからって、麦チョコっていうのはどうなのさ、ジョミー!」
「やっぱり……それが義理チョコだったんですね……」
さすがのマツカも引きつった笑いで呟いた。
「いいじゃないか、麦チョコ。美味しいさ、クラス全員に勝手に取って行ってーってできるし、貰うほうだってお返しはいらないか、それこそ10円チョコでいいかって思えるだろ」
「ジョミーは毎年こうなんだよ」
学校へ向かって揃って歩きながら、ジョミーが掲げている袋に手を入れてサムは苦笑いを見せる。
「まあ……百パーセント誤解なく義理チョコだとは分かりますよね」
「いい風に言いすぎだよマツカ。どう見ても手抜きじゃないか」
「そう言いつつ、君らも食べてるだろ」
「本人も食べてるけどね……」
溜息をつくシロエに肩を竦めて、ジョミーはまだ一度も手を出さない男に袋を向ける。
「ほら、キースも食べなよ」
「しかし歩きながらものを食べるというのは……」
「お堅い奴……じゃあ仕方ない、キースには特別だ。えーと……」
ごそごそとポケットを探るジョミーに、シロエはえっと声を上げる。
「なに?別に普通のチョコレートも持ってたの!?なんでキースにだけ……」
「ほら、ティッシュに包んであげるから、後で食べるといいよ」
手にしていた麦チョコを握り締めて叫びかけたシロエは、取り出したポケットティッシュから一枚抜いたその上に、ザラザラと麦チョコを入れて口を捻るジョミーに、力なくうな垂れる。
「そ、そうか……すまない……」
そのラッピングとも言えないぞんざいなチョコを入れた包みを渡されて、キースは戸惑いながら礼を言った。
「だからさあ、ジョミーに夢見んなって」
サムは笑いながら、うな垂れたシロエの背中を叩く。
「義理でもこいつがバレンタインにチョコを用意すること自体がすごいんだって」
「た……確かに……ジョミーならあげるより逆に貰っても不思議じゃないよね……」
「ああ、こいつ後輩とか先輩からよく貰ってたぜ」
「そ……そう……なんですか……」
もはやシロエが声も出ない様子で額を押さえて溜息をついたので、代わってマツカが引きつった笑いで頷いた。
義理用にと用意したチョコレートを自分でもポリポリと食べながら歩いていたジョミーは、思い出したように麦チョコの袋をシロエに渡す。
「ごめんシロエ、ちょっと持ってて。ほら、サム。アルテラから」
「おー、サンキュー」
サムはジョミーが鞄から取り出したもうひとつの袋を両手で受け取って、笑顔で礼を言う。
「アルテラにもありがとうなって伝えておいてくれ」
シロエはサムが受け取った袋をまじまじと眺めて、溜息をついて首を振る。
その言いたいことが容易に想像できてしまったマツカがくすくすと笑いながら、サムの持つ袋を指差した。
「妹さんは手作りなんですね」
こちらは色の着いたセロファン紙を重ねて作った袋に、ピンク色のリボンで口を縛って、バレンタインのカードもついている。
「毎年だよ。サムにはついでだけどねー」
「わかってるよ。俺はコブとタージオンのおまけだろ。いいんだよ、それでも!麦チョコで済ませるお前に比べて、アルテラはなんて可愛いんだろうな、お姉ちゃん?」
「ぼくに夢見るなって言ったのはサムだろ……あ」
何気なく振り返って見つけた人影にジョミーは手を上げて大きく振った。
「ブルー!リオ!おはよう!」
手を振るジョミーに釣られて全員が振り返ると、いつもの温和な笑みが僅かに凍った様子のリオと、不機嫌そうなブルーが並んでいる姿があった。