日々の呟きとか小ネタとか。
現在は転生話が中心…かと。
No.109 雛人形
Category : 小話・短文
3月3日更新のふたつ目は女の子ジョミーです。
転生のジョミーにしようかと思ったんですが、バレンタインでもすでに世界観がおかしな感じになっていたので、ここで雛祭りまでいれるとちょっと……!でも雛祭りなら一個くらいは女の子で~~!
ということで、読み切り女の子ジョミーです。
現代設定、義理親子。また義理親子……。
男の子版とはちょこちょこ違う箇所がありまして、ジョミーは友人の忘れ形見だとか、小さい頃は身体が弱くて、男の子の格好で育てられていた(古い言い伝えで、無病息災を願って幼い子供に逆の性別の格好をさせるという、あれ)とかいうことになっています。
すごい和風の家だなー……ブルーさん家。
そういう前提です。
シリアスに見せかけて始まりますが、あんまりシリアスじゃない…(特にブルーが)
「ぼく、思うんだけどさー……」
床に胡座をかいて座り、7段飾りの人形を見上げながらジョミーは軽く息をつく。
「友達の娘だからって引き取った子供に、こんな立派な雛人形を用意とかしてるから、ブルーって未だに結婚できないんじゃないの?」
ぼんぼりの中の蝋燭を取り替えていたリオは、呆れたように肩を竦める主の養女の言葉に思わず苦笑した。
ジョミーの言った言葉がそのまま呆れを表したものであれば、尊敬する主をけなされたように思うかもしれないが、ジョミーのそれが照れ隠しだなんてことは、この邸に住まうものなら誰でも知っている。
それに、ジョミーがいつまでも独身の養父を心配していることも。
「ぼくがいるから、ブルーの結婚の邪魔になっているのかな」
幼い頃は何の気がかりもなくブルーに抱きついていた少女は、成長するにつれて時折そんなことを漏らし、徐々に養父との距離を空けるようになった。
しかし養父であるブルーはそれが不満であるらしい。
彼は常日頃、自分では独身主義であるとジョミーの公言して、「それなのにこんなに可愛い娘を得ることが出来た」と昔のように娘を可愛がろうとしている。
お互いの気遣いが上手く噛み合っていないことが、邸に仕える者たちとしては至極歯がゆい。
……というのは、ごく一般的な邸の者の見解であって、ブルーとジョミーの傍近くでお世話をするリオやブラウといった面々は、少し違う事情ですれ違う二人のやきもきしていたりする。
取り替えた蝋燭に火を灯し、ぼんぼりから漏れる仄かな明かりを確認すると、リオは小さくなった古い蝋燭を片付けた器を手に振り返った。
「雛人形は形代とも言われていますからね。あなたのお身体が心配だったソルジャーが、こんなに立派なものをご用意されたとしても当然かと思いますよ」
「それだよ。今では信じられないけど、小さい頃のぼくは何度も熱を出して入院してお医者さんに往診してもらったりとかさ、ただでさえブルーには色々と迷惑をかけてるのに、こんなものにまでお金を掛けなくたって」
「金銭で購えることなら、何でもするというだけのことだよ」
後ろの扉が開いて、ジョミーは床に座ったまま大きく肩を跳ね上げた。振り返っていたリオは正面から主と対面して頭を下げる。
「お帰りなさいませ、ソルジャー」
「ブルー!もう帰ったの?」
「ただいま、ジョミー。今日は早く切り上げることができてね」
肩を抱き寄せるように伸ばされた手は、床に手をついて立ち上がったジョミーに自然な形でかわされた。
「でも、薬代とかと違ってこんなことにまでお金をかけなくたって……」
雛人形を見上げるジョミーの横に並んで、ブルーは肩を竦めて苦笑した。
「生活に困っているのにそれを押してまで、ということでもないのだから、そんなに気にすることもないだろう。迷信は迷信としても、何でもやってみたくなるものなんだよ」
「娘がぼくでなければ……」
「僕は君が娘になってくれたなんて、こんなに幸福なことはないと思っている」
弾かれたようにブルーを振り仰いだジョミーは、すぐに眉を寄せて唇を噛み締める。
泣くのかと思ってしまいそうな表情に、ブルーの手が伸びる前にすぐに身を翻した。
「ぼくは、あなたの娘になんてなりたくなかった……っ」
「ジョミー!」
引き止める間もなく、ジョミーは部屋を飛び出してしまった。
ジョミーが立ち去った部屋で、空しく伸ばした手を降ろしてブルーは深く息をつく。
「年頃の女の子は難しい……」
「気を遣っていらっしゃるだけでしょう。ジョミー様はお優しい方ですから、ご自分があなたの負担になっているのではないかと、気にしておられます」
「ああ……そうだね、リオ。僕もそう思う。女の子は成長が早いというけれど、この頃ではすっかり僕から離れてしまって寂しいよ……」
ふと息をついたブルーは、伸ばされたリオの手に脱いだスーツを渡してネクタイを緩めながら雛人形を見上げる。
「……ところでリオ」
「はい」
「この人形はいつ片付けるつもりだ」
「今日が桃の節句ですから、今日の晩にでもと思っていますが」
「………そうか」
考えるように頷いた主は、既に日が暮れているにも関わらず、ワインを買って来いとリオを使いに出した。
「えー!買い物なんて、わたしが行ってきますよ?どうしてリオさんなんですか?」
「いや……これは私が行かないといけないことなんだ」
車のキーを取りに行った先で、メイドのニナが驚いたように声を上げる。今年入った新人なので、毎年の恒例行事を知らないのだろう。他の者はみな緩い笑みを浮かべて頷いている。
迷信は迷信として、なんでもやってみたい。
それはブルーの本心だろう。
毎年、3月3日からの数日間は息をつく間もないくらいに忙しい。現に明日から連日で人を招いての会食や、パーティーが邸で開かれる予定になっている。
雛人形の片付けが遅れると、それだけ行き遅れる。
そんな俗説が、ある。
本来、人形を片付ける役目は別にリオでなくても構わないはずだ。
だが、高価なものでおまけに掌中の玉ジョミーの形代である雛人形は、特に取り扱いに注意するように。
そう厳命されているために、大人数での流れ作業的な片付けはできない。結果的に、毎年リオが選任で準備から片づけまでを担うことになる。手伝えるのは、ブルーの厳命を知らないジョミーくらいのもので、そのジョミーもリオの指示なしにはきちんと片付けられる自信がないので、一人で片付けるということは絶対にしない。
「ジョミーに嫁ぎたい相手とやらができたときは、こんなおまじないのようなものなど役に立たないさ」
ブルーはそう自重して笑いながら、それでも今年も片付けを遅らせようとする。
「ジョミー様の花嫁姿を見ることが遅れれば遅れるだけ、ご自身がつらいと思うのですけれどね……」
リオは苦笑しながらキーを差込み、車のエンジンを掛けた。
ギアを入れる前に、邸と駐車場を繋ぐ扉から、ストールを巻いたジョミーが駆け出してきて、慌てて窓を開けた。
「どうなさったのですか、ジョミー様。なにかお使いでも?」
出かけるならついでに頼みたいことがあるのかと訊ねると、ジョミーはストールを掻き合わせて風になびく髪を押さえて首を振った。
「リオが出かけるって聞いて。人形の片付けはどうするのかなって思って」
「申し訳ありませんが、今年も遅れそうです。明日からパーティーなどが立て込んでいますから、ジョミー様も今夜は早くお休みください」
「そう……」
小さく呟きながら、指先を当てたジョミーの口は笑みの形を作る。
「うん、わかった。リオも気をつけて行って来てね」
「ありがとうございます。それでは行って参ります。ジョミー様はお早く邸に」
「うん、おやすみリオ」
「おやすみなさいませ」
手を振って邸に戻ったジョミーを見送ると、リオは改めてエンジンを掛け直してギアに手をかける。
ブルーは「娘になどなりたくなかった」と口にするジョミーの言葉のその裏に、まだ気づかない。
雛人形の片付けがずれ込むことに、ジョミーは毎年少しだけ笑みを零す。
「こんなに毎年遅く片付けていたら、ぼく一生結婚なんてできそうもないね」
そんなことを言いながら、それでも楽しそうに笑うのは、迷信を信じていないからではなくて、養父があくまで自分のことを、娘としてしか見ていないと思っているからだ。
早く独立してブルーの面倒にならないようにしなくちゃとくリ返しながら、ジョミーはこの邸から誰かに嫁ぐという形で出て行くつもりはほとんどない。
あるいはブルーの役に立つための政略結婚なら受け入れるかもしれないが、ブルーがそんなことをさせるはずもない。
「私も早く、ジョミー様ではなくて、奥様とお呼びしたいのですけれど」
どちらからも口止めされているので、リオは余計な差し出口を挟めない。
ジョミーが法令で結婚を許される歳まであと数年。
それまでにどちらかが踏み出すことを期待して、リオはアクセルを踏み込んだ。
転生のジョミーにしようかと思ったんですが、バレンタインでもすでに世界観がおかしな感じになっていたので、ここで雛祭りまでいれるとちょっと……!でも雛祭りなら一個くらいは女の子で~~!
ということで、読み切り女の子ジョミーです。
現代設定、義理親子。また義理親子……。
男の子版とはちょこちょこ違う箇所がありまして、ジョミーは友人の忘れ形見だとか、小さい頃は身体が弱くて、男の子の格好で育てられていた(古い言い伝えで、無病息災を願って幼い子供に逆の性別の格好をさせるという、あれ)とかいうことになっています。
すごい和風の家だなー……ブルーさん家。
そういう前提です。
シリアスに見せかけて始まりますが、あんまりシリアスじゃない…(特にブルーが)
「ぼく、思うんだけどさー……」
床に胡座をかいて座り、7段飾りの人形を見上げながらジョミーは軽く息をつく。
「友達の娘だからって引き取った子供に、こんな立派な雛人形を用意とかしてるから、ブルーって未だに結婚できないんじゃないの?」
ぼんぼりの中の蝋燭を取り替えていたリオは、呆れたように肩を竦める主の養女の言葉に思わず苦笑した。
ジョミーの言った言葉がそのまま呆れを表したものであれば、尊敬する主をけなされたように思うかもしれないが、ジョミーのそれが照れ隠しだなんてことは、この邸に住まうものなら誰でも知っている。
それに、ジョミーがいつまでも独身の養父を心配していることも。
「ぼくがいるから、ブルーの結婚の邪魔になっているのかな」
幼い頃は何の気がかりもなくブルーに抱きついていた少女は、成長するにつれて時折そんなことを漏らし、徐々に養父との距離を空けるようになった。
しかし養父であるブルーはそれが不満であるらしい。
彼は常日頃、自分では独身主義であるとジョミーの公言して、「それなのにこんなに可愛い娘を得ることが出来た」と昔のように娘を可愛がろうとしている。
お互いの気遣いが上手く噛み合っていないことが、邸に仕える者たちとしては至極歯がゆい。
……というのは、ごく一般的な邸の者の見解であって、ブルーとジョミーの傍近くでお世話をするリオやブラウといった面々は、少し違う事情ですれ違う二人のやきもきしていたりする。
取り替えた蝋燭に火を灯し、ぼんぼりから漏れる仄かな明かりを確認すると、リオは小さくなった古い蝋燭を片付けた器を手に振り返った。
「雛人形は形代とも言われていますからね。あなたのお身体が心配だったソルジャーが、こんなに立派なものをご用意されたとしても当然かと思いますよ」
「それだよ。今では信じられないけど、小さい頃のぼくは何度も熱を出して入院してお医者さんに往診してもらったりとかさ、ただでさえブルーには色々と迷惑をかけてるのに、こんなものにまでお金を掛けなくたって」
「金銭で購えることなら、何でもするというだけのことだよ」
後ろの扉が開いて、ジョミーは床に座ったまま大きく肩を跳ね上げた。振り返っていたリオは正面から主と対面して頭を下げる。
「お帰りなさいませ、ソルジャー」
「ブルー!もう帰ったの?」
「ただいま、ジョミー。今日は早く切り上げることができてね」
肩を抱き寄せるように伸ばされた手は、床に手をついて立ち上がったジョミーに自然な形でかわされた。
「でも、薬代とかと違ってこんなことにまでお金をかけなくたって……」
雛人形を見上げるジョミーの横に並んで、ブルーは肩を竦めて苦笑した。
「生活に困っているのにそれを押してまで、ということでもないのだから、そんなに気にすることもないだろう。迷信は迷信としても、何でもやってみたくなるものなんだよ」
「娘がぼくでなければ……」
「僕は君が娘になってくれたなんて、こんなに幸福なことはないと思っている」
弾かれたようにブルーを振り仰いだジョミーは、すぐに眉を寄せて唇を噛み締める。
泣くのかと思ってしまいそうな表情に、ブルーの手が伸びる前にすぐに身を翻した。
「ぼくは、あなたの娘になんてなりたくなかった……っ」
「ジョミー!」
引き止める間もなく、ジョミーは部屋を飛び出してしまった。
ジョミーが立ち去った部屋で、空しく伸ばした手を降ろしてブルーは深く息をつく。
「年頃の女の子は難しい……」
「気を遣っていらっしゃるだけでしょう。ジョミー様はお優しい方ですから、ご自分があなたの負担になっているのではないかと、気にしておられます」
「ああ……そうだね、リオ。僕もそう思う。女の子は成長が早いというけれど、この頃ではすっかり僕から離れてしまって寂しいよ……」
ふと息をついたブルーは、伸ばされたリオの手に脱いだスーツを渡してネクタイを緩めながら雛人形を見上げる。
「……ところでリオ」
「はい」
「この人形はいつ片付けるつもりだ」
「今日が桃の節句ですから、今日の晩にでもと思っていますが」
「………そうか」
考えるように頷いた主は、既に日が暮れているにも関わらず、ワインを買って来いとリオを使いに出した。
「えー!買い物なんて、わたしが行ってきますよ?どうしてリオさんなんですか?」
「いや……これは私が行かないといけないことなんだ」
車のキーを取りに行った先で、メイドのニナが驚いたように声を上げる。今年入った新人なので、毎年の恒例行事を知らないのだろう。他の者はみな緩い笑みを浮かべて頷いている。
迷信は迷信として、なんでもやってみたい。
それはブルーの本心だろう。
毎年、3月3日からの数日間は息をつく間もないくらいに忙しい。現に明日から連日で人を招いての会食や、パーティーが邸で開かれる予定になっている。
雛人形の片付けが遅れると、それだけ行き遅れる。
そんな俗説が、ある。
本来、人形を片付ける役目は別にリオでなくても構わないはずだ。
だが、高価なものでおまけに掌中の玉ジョミーの形代である雛人形は、特に取り扱いに注意するように。
そう厳命されているために、大人数での流れ作業的な片付けはできない。結果的に、毎年リオが選任で準備から片づけまでを担うことになる。手伝えるのは、ブルーの厳命を知らないジョミーくらいのもので、そのジョミーもリオの指示なしにはきちんと片付けられる自信がないので、一人で片付けるということは絶対にしない。
「ジョミーに嫁ぎたい相手とやらができたときは、こんなおまじないのようなものなど役に立たないさ」
ブルーはそう自重して笑いながら、それでも今年も片付けを遅らせようとする。
「ジョミー様の花嫁姿を見ることが遅れれば遅れるだけ、ご自身がつらいと思うのですけれどね……」
リオは苦笑しながらキーを差込み、車のエンジンを掛けた。
ギアを入れる前に、邸と駐車場を繋ぐ扉から、ストールを巻いたジョミーが駆け出してきて、慌てて窓を開けた。
「どうなさったのですか、ジョミー様。なにかお使いでも?」
出かけるならついでに頼みたいことがあるのかと訊ねると、ジョミーはストールを掻き合わせて風になびく髪を押さえて首を振った。
「リオが出かけるって聞いて。人形の片付けはどうするのかなって思って」
「申し訳ありませんが、今年も遅れそうです。明日からパーティーなどが立て込んでいますから、ジョミー様も今夜は早くお休みください」
「そう……」
小さく呟きながら、指先を当てたジョミーの口は笑みの形を作る。
「うん、わかった。リオも気をつけて行って来てね」
「ありがとうございます。それでは行って参ります。ジョミー様はお早く邸に」
「うん、おやすみリオ」
「おやすみなさいませ」
手を振って邸に戻ったジョミーを見送ると、リオは改めてエンジンを掛け直してギアに手をかける。
ブルーは「娘になどなりたくなかった」と口にするジョミーの言葉のその裏に、まだ気づかない。
雛人形の片付けがずれ込むことに、ジョミーは毎年少しだけ笑みを零す。
「こんなに毎年遅く片付けていたら、ぼく一生結婚なんてできそうもないね」
そんなことを言いながら、それでも楽しそうに笑うのは、迷信を信じていないからではなくて、養父があくまで自分のことを、娘としてしか見ていないと思っているからだ。
早く独立してブルーの面倒にならないようにしなくちゃとくリ返しながら、ジョミーはこの邸から誰かに嫁ぐという形で出て行くつもりはほとんどない。
あるいはブルーの役に立つための政略結婚なら受け入れるかもしれないが、ブルーがそんなことをさせるはずもない。
「私も早く、ジョミー様ではなくて、奥様とお呼びしたいのですけれど」
どちらからも口止めされているので、リオは余計な差し出口を挟めない。
ジョミーが法令で結婚を許される歳まであと数年。
それまでにどちらかが踏み出すことを期待して、リオはアクセルを踏み込んだ。
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