ノアの住人のシロエがアタラクシアにいたジョミーと知り合った経緯はまた今度。秘密でも伏線でもなく、単なる1話の中の尺の問題です(^^;)
短い中でどうしても長くなる説明文調をどうにかしたい~!
目次
一人別行動を取っていたジョミーが教室に戻ってきたとき、その様子にシロエは眉を寄せた。
身体を動かすこと同様に食べることが好きなジョミーが、昼食を抜いたのに上機嫌だったからだ。その理由を嫌々ながら察することが出来ることが更に不愉快だった。
「ジョミー」
席についたままひらりと手を振って声を掛けると、弾むような足取りだったジョミーはぴたりと足を止める。その急な震動に少々顔をしかめたところを見ると、腹痛は治っていないようだ。それなのに。
「なに、シロエ」
上機嫌な様子は揺るがない。
「お腹」
「え?」
シロエの前の席に座ったジョミーに、頬杖をついたままじろりと探るような目を向ける。
「お腹、大丈夫?昼を抜くほど調子悪いんでしょう?」
「ああ、うん。平気。お腹は元から痛くないよ」
「はあ?」
腹の調子が悪いから昼を抜くと言っていたはずなのに、元から痛くないというどういうことだと眉を寄せると、ジョミーは慌てた様子で手を振った。
「あ、調子が良くないのはホント。痛い場所が本当はお腹じゃなかったってだけ」
「じゃあどこが痛いのさ?というより、なんでそんな嘘をついたの」
「胸の辺りだよ。嘘をついていたのは悪かったよ。でも、誰かに本当のことを言ったら、どこからあの人の耳に入るか分からないし」
あの人。
シロエの眉が僅かに跳ねたが、ジョミーは息をついて肩を竦めただけでその気づいた様子はない。
「じゃあ本当のことを言ったのは」
「うん、もうあの人にバレちゃったからいいんだ」
「その『あの人』にはなんで隠したかったの?バレたって、もしかして『あの人』が原因の痛み?」
「あの人のせいじゃないよ」
首を振ったジョミーは、少し考えるように天井に目を向けた。
そうして、胸を押さえて苦笑を見せる。
「時々痛むんだ。今月は……うん、ちょっと、ね」
「今月って、月ごとに痛むの?それって持病……」
「病気じゃないって」
やっぱりそうくるのかと溜息をついたジョミーの横顔を眺めていて、なんとなく理解できたシロエは頬を僅かに染めて咳払いをした。
「あー……そういうこと、か……」
見た目が男みたいでも、ジョミーも女の子だったとシロエが頬を染めると、反対に言葉を濁したはずのジョミーが首を傾げる。
「そういうことって、どういうこと?」
「え?どうって………ええっと……ち、違う、の?」
質問の答えにしては疑問に疑問で返した形になったが、ジョミーは気にしてない様子で頷いた。
「シロエは月経だと思ったんだよね」
「そんな単語をこんなところではっきり言うな!」
思わず机を叩いて立ち上がると、周囲の視線が一斉に集まってシロエは慌てて席につく。赤くなるやら青くなるやらで慌てるシロエに、仕掛けてきたジョミーは口を押さえて笑いを堪えていた。
「……ジョミー」
「ご、ごめん、予想以上にいい反応が返って来たからさ。そうだよね、月単位で痛かったりそうじゃなかったりで、女の子が口を濁す理由なら、少しくらいはそういう可能性を考えてくれてもよさそうなのに」
「………ひょっとして、また嘘?」
「うん、ごめん。だってあの人全然察してくれなくてさ。男には分からないのかなって思って試してみた」
「ジョミー!」
人を実験台にするなと憤慨したシロエに、ジョミーは楽しそうに笑いながらごめんと繰り返す。
あまりにもジョミーが笑うので、シロエはひとつ仕返しをしてやることにした。同時に、ジョミーの中で『あの人』の印象を悪くしてやろうという意図も少しはあった。
「ブルー・イリアッドがそういう可能性を考えなかったなんて当然だよ」
「え、なんで?」
目を瞬くジョミーは、どうやら『あの人』の勘違いに気づいていない。
これなら効果的だろうと、シロエは笑みを浮かべ呆れ口調で首を振った。
「だってあの人、ジョミーのこと男だと思ってるんだから」
食堂で声を掛けてきた相手を見たとき、それがジョミーに冷たく当たっている上級生だということにシロエは思わず眉を顰めた。
当然だろう。ジョミーがブルーの鞄を手に後ろを嬉しそうついて歩いて、相手にされなくても一人で話し掛けている通学風景を見たとき、シロエは我が目を疑うほどに腹を立てたというのに。
そうして、ジョミーに優しくしないくせに、姿が見えないと探したりする。
なんだこの男と不愉快に思って何がおかしい。
その上あの男は、ジョミーのことを「彼」と言ったのだ。
聞いた瞬間、よくある勘違いだとジョミーと笑い合った過去も忘れて一気に頭に血が昇った。
性別すら勘違いするほどジョミーのことを知らないのに、どうしてこんなのをジョミーが大事にしようとするのか分からない。
それが怪我をさせた負い目からくるものだと思えば仕方がないと納得できたに違いないが、ジョミーの様子からはそんな風には見えない。
今だって機嫌よく帰ってきたことといい、嘘をつく必要がなくなったという話といい、ブルーに会ってきたことは明らかだ。ブルーに会って、上機嫌になっているのだと。
ああ、面白くない。
拗ねそうになったシロエは、ふと思い返したことに疑問を抱いた。
ジョミーは胸部の痛みを、ブルーのせいではないと言った。月経からくるものだと言ったことも嘘だと。
では、一体何が原因で食欲をなくすほどの痛みを抱えているのだろう。
それに、痛んでいること自体が嘘でないのなら、それは食欲をなくすほどのものだということになる。
「ジョ……」
「なあんだ、そっかー」
血相を変えたシロエに気づくこともなく、ジョミーは溜息を吐いて机に突っ伏した。
「ジョ、ジョミー……?」
「男だと思ってたのか……通りでいきなり胸を触ってくると思った。いくら疑ってるからってさあ、女の子の胸を断りもなく触るっておかしいと思ったんだ。あぁ、じゃあキースも勘違いしてるのか」
ジョミーが事も無げに呟いた言葉に、シロエは一瞬活動を停止した。
「……胸を、触る……?」
「そうだよ、キースなんて鷲掴み。あーでもあれ、まだ気づいてないんだろうなー。ぼく、胸ないし」
机に倒した身体を起こして、ジョミーは明るく笑う。
「あははじゃないよジョミー!笑ってる場合!?しかもキースって、あいつ?キース・アニアン!?あいつまで触ったの!?」
「なんか動きが不自然に見えたみたいで、それで確かめたらしい。びっくりしたよ」
「だから呑気に笑っている場合じゃないだろう!?あの男!」
あの男の対象が増えたことに拳を握り締めたシロエは、直前に抱いた疑問を綺麗さっぱりに忘れてしまった。